流産のことについて記しておきたいと思います。
不快な内容になるかもしれないので、読みたくない方はUターンお願いします。








今息子に会えてこの上なく幸せだが、ここまでたどり着くには2回の流産を経てだった。



一回目の妊娠はちょうど2年前の6月頃。
結婚して1年たたない頃だった。
結婚するまでに2年付き合って今の旦那と結婚した。
結婚してからすぐには子供はいらないかなと思っていて、それは旦那も同じだった。
でもできても困る訳ではないので特に避妊もしてないなかったのだが、一向にできる気配もなかったのでもしかしたら自分は妊娠しにくい体質なのでは、、?とどこかで思っていた。

そんなある日生理が遅れてる事に気付いた。
あまり生理が遅れることがないのでおかしいなとは思ったけど、まさかなと思う気持ちの方が大きかった。
ただ世間一般的にいう妊娠超初期症状に当てはまる事が多々ありもしかして?と思い、予定日から一週間たつ前に妊娠検査薬で検査するとうっすら陽性に。
今考えると本当に薄い線やったな。

はっきり覚えてるのは、この瞬間まず思ったのはやったー!!という気持ちではなく、どうしよう、、だった。
初めての体験にトイレの中で頭が真っ白になり、
状況を整理して旦那に報告した。
旦那も喜ぶというよりはホンマかといった感じで、とりあえず病院へ行ってみることにした。


病院へ行くとまだ早すぎて胎嚢も何も見えなかった。
ただ尿検査で反応は出てるからまた1週間後に来てねということだった。

それから一週間がたち再度病院へ。
今日こそ胎嚢が見えるんかな?と思い病院へ行ったがエコーはまた真っ暗なままだった。
「普通ならもう胎嚢が見えてもおかしくないんだけどね。とりあえずまた来週に来てください」
とのことだった。
この頃には赤ちゃん出来たんや、やっぱり嬉しいな、来年の今頃には私もお母さんかなどとのんきに思っていた。

ただその後間もなくして、茶色のおりものが出る様になった。
不安になり病院へ電話すると
「とりあえず今の時期は何もできることがないので、そのままもし出血するようなら今回は残念だったということで病院へ来なくて結構です」
とのことだった。
あまりに冷たい先生の言葉に
「診てもらうことはできないのでしょうか?」
と聞いたが、
「来てもらっても出来ることないから来なくていい」
の一点張りだった。

病院の対応に不快感と不安を覚えたがとにかく1週間経つのを待った。
途中で徐々に茶色から赤へとおりものの色は変わっていった。
でもまだ胸は張ったままやし、体温も微熱が続いてるし絶対大丈夫って自分に毎日言い聞かせてた。

ちょうど病院へ電話して三日ほど経った頃、お風呂に入っている時お腹に違和感を覚えた。
その直後ズルっとなにかが出ていくのがわかった。
下を見ると真っ赤な血の塊の様なものが排水溝へ流れていった。

「あ、流れた」

となぜか冷静に思った。
それからしばらくお風呂場から動けなかった。
もう今ので流れたんだと思う気持ちとどこかで期待したい気持ちがあり、お風呂からあがって残っていた検査薬で泣きながら検査した。
それからどれだけ待っても陽性のラインが入ることのない検査薬とにらめっこした。
どうしても諦めきれず別の病院(今回出産した病院)で見てもらったが、結果は変わらずだった。
病院を出て、車に乗って旦那に連絡したところでとめどなく涙がこみ上げた。


この時はあまりに知識がなく、化学流産という言葉すら知らなかった。

今となっては化学流産は流産の一回のカウントにも入らないことも知っている。
ただこの時の出来事は初めてのことだったので、あまりにショックで、それと同時に自分も妊娠する事ができるんだと知りその後妊娠を意識していくきっかけとなったのであえてブログのタイトルに二回の流産後と入れた。

しばらくはショックで泣く日々が続いたが、旦那の支えもあり、今回のことは前向きに受け止め徐々にそろそろ子供が欲しいと心から思える様になり2人で前を向きはじめた。


そしてその半年後、私はまた妊娠することになる。