「養生訓」(八十すぎまで長年実践してきた健康法
を万人のために丹念に書き留めたもので、益軒先
生の身体的自叙伝ともいうべきものである。)
益軒は精神の安定を大切にした。そのためには
精神の自立性をさまたげるような雑事を意識して
遠ざけた。精神が支配者であるからには、老年の
たのしみは精神のたのしみでなくてはならない。
それはみずからすすんでつくるたのしみであって、
他からあたえられるものではない。
「年をとったら、自分の心の楽しみのほかにさまざま
なことに気を散らしてはいけない。時にしたがって、
自分で楽しまねばならぬ。自分でたのしむというのは
世俗の楽しみとは違う。自分の心のなかに本来ある
楽しみを楽しんで、胸中に物一事のわずらいがなく、
天地春夏秋冬、山川のよい眺め、草木の成長の喜び
これみなわがたのしみでなければならぬ。」(貝原益軒)
いやー、さすが益軒先生仰ることが違います。
でも、このわたくしには無理なような気がします。![]()
貝原益軒といえば、「男子の一生分の○○、一斗樽が限度!」
をすぐに連想してしまう「世俗の極み」ですので…![]()
(そして、心の楽しみが競馬ではね…)
では