求める側より、提供する側が少ない時、


提供者が嫌な存在だったとしても、仕方なかったりします。



資本主義においては、求める人になるよりもまずは与える側になることが、強くなるためには必要なのかな~なんて思います。



恋愛に例えても、そうですかね。

片思いの人が求めれば求める程、相手がホントは嫌な方だったとしても仕方なかったりする(許しちゃったりする)。求められる存在になり、そして同時に(言葉はしっくりきませんが)与える存在にならないと。




でもやっぱり。いくら強い与える側の存在だったしても、心地いい気持ちいい存在でなければならないと思います。




最近の強国(大国)を見ると、「エゲツナイ存在だな」なんて思うことがあります。

確かに伸びているし悔しくも強い存在ですが、気持ちよくない。絶対に長続きしないと思います。


ま、長続きしないとかそんなことをいっても、人間一人の一生でいけば生まれてから死ぬまで分からなかったりするのでしょう。難しいものです。

人生が1回だとしたら、強い存在に従わないと損をするともいえるのもかもしれません。






自分なりのまとめ。

与える側にならないといけない。かつ与えるときに、いい奴でなければならない。例え死ぬまで儲けられるとしても、嫌な奴になるならそれは放棄するべき。それは倫理観というべきか、『人』として。そうありたいと今思っています。




下手くそな訳わからない文章を、何故か誤って読んでしまった方すみません。

自分としては大切な前向きな頭整理でありました。勝手ながら少しすっきりしました。