詩詠みの少女:第13章 | key-nagiさんのブログ

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鈍い頭の痛みと共に目を覚ます。祭の喧騒はすっかり止み、聞こえてくるのは虫達の鳴き声だけだった。

そして、寝ている間に見ていた夢のようなもの。いや、あれは夢なんかじゃない。俺の記憶だ。

頭を打ったからなのかはわからないが、全て思い出した。

記憶の中の俺は、公園で黄泉に出会い、花畑で心音と遊んでた。

そして、公園の近くの崖から飛び降りて……ん? 俺、確かに飛び降りたよな。何で今生きてるんだ?

あの時、最後に見せた心音の顔が忘れられない。どうしてあいつはあんなに、哀しくて、切なくて、苦しくて、今にも泣き出しそうな顔をしてたんだろう。

あのあとのことはどう考えても思い出せない。覚えていることは、目が覚めた場所は病院。そして俺はほぼ無傷だったということだけだ。

一体あのあと何があったんだろう……


怠い体を起こしてみて、俺は自分のおかれている状況に気付く。ここはどこだ? 俺は屋台で倒れた。そこまでは覚えている。でもそこからどうやってここまで来た?

よく見ればここは神無の家の縁側の部屋だ。日本庭園のような素朴で美しい、純粋な和に溢れた庭が目に入る。


近くには蚊取り線香が置かれていて、額の上には濡れたタオルまでかかっている。どうやら神無家で看病されていたらしい。

その時、後ろの襖が開く音がした。

神無だった。

「……優音! 目が覚めた?」

彼女はいつになく優しくそう尋ねてくる。

「あぁ。お前が運んでくれたのか?」

「お前を運んでくれたのは秋元だよ。そのあとの店番も遥ちゃんが手伝いに来てくれてたし、問題なかったみたいだよ」

「そっか」

神無の髪の毛は微かに水分で潤っていて月の光でキラキラ光っている。シャンプーや石鹸のいい香りもする。昔の人が着ている白装束みたいな寝巻きを身につけていることから、きっと風呂に入ってたんだろう。


「さっきまでついててくれたんだけど、婆ちゃんが大事はないって言ってたから、夜も遅いし帰って休んでもらってる。私も舞が終わって疲れてたし、今お風呂入ってきたところ」

あ、そういえば……

「……悪い。その、見に行けなくて……ゴメン」

「気にすんなって。そんなことより自分の体のほうがよっぽど大事だろ? 舞なんていつでもできるんだしさ」

ほらっ、と言って神無は軽く舞いはじめる。和服を着ているからだろうか、その動きはまるで小川を流れる水のように滑らかで美しい。

実際はそれなりの速さで動いているはずなのだが、非常にゆっくり感じられる。そんな動きだった。

神無が動く度に辺りに石鹸の香りが漂よう。風呂上がりで上気した頬の赤み、直接肌の上にかけられた1枚の布、夜の暗がりの中、月に照らし出された彼女はとても神秘的で、その姿は巫女以外の何者でもなかった。


「……ま、こんな感じかな」

まだ途中なのだろうがこれ以上は照れ臭いのか、神無は踊りをやめて縁側に腰掛けた。

俺も隣に座る。

「寝てなくて大丈夫なの?」

「あぁ、もうなんともない。打ち所がよかったみたいだ」

「そっか」

「あぁ」

「……」

「……」

え、なにこの感じ……何でこんな静かなのこいつ。こんな空気、俺には堪えられないぞ!? 何か話さないと……

「今さ、夏だけどさ」

「うん」

「夜は涼しいよな、この辺」

「そうだな。涼しい」

「……」

「……」

……話しが続かん。いや、負けるな俺、頑張れ俺。愛と勇気だけが友達さ!

「あっ!」

「ん?」

「見ろ! 庭にワニがっ!」

「……」

「……」

くそっ、俺の渾身の一発ギャグが滑った……だと!? そうだ、こいつは笑いのレベルが低すぎて俺の次元についてこれないんだったっけ。まいったぜ。

やむを得ない、限定解除だ。奥の手を使うことにしよう。できればこいつは使いたくなかったんだが致し方ない。

「その、さぁ」

「ん?」

「綺麗だった」

「……何が?」

「お、お前……」

「……ぶぅっ!!!」

「の舞……」

「……あぁ……………ありがと」


一概には形容しがたい空気が二人の間に流れる。何ともいたたまれない状況を作り出してしまった。これってもしかして俺の能力?

……そう、この力は悪循螺旋(バッドスパイラル)。読者諸君、今まで隠していてすまなかった。

説明しよう。俺、華月優音を中心に半径2メートル以内の領域に存在するものは、人であれ動物であれ、地面であれ、水であれ、そして空間でさえ、全て悪影響をうける。

特に相手がリア充であろうものならその効果はパネェぜ。やつらはお互いにイチャイチャすることしか考えていない。

イチャイチャしてればリア充だと思ってやがる。俺はその幻想をブチ殺す。つまり二人は1日と持たず別れる。もしくは一瞬で爆発する。

つまり俺は非リア充の味方なのだ。人は俺をこう呼ぶ、『悪循魔(バスパラー)』と。そして俺は自分の力を使うとき『バスる』という言葉を使う。

断じて『バスに乗る』とか『バス釣り』とかいう意味ではない。もちろん『バスケをする』なんて意味でもないぞ。『バルス!』なんて以っての外だ。どこぞの空中庭園を崩壊させる力なんざ流石の俺でも操れない。


ここで生じる問題が一つ。俺は自分の力を制御しきれていない。俺の精神、すなわち魂に秘められた魔力が強大すぎて人間の肉体がその力についていかないのだ。


結果、何にもない日常会話までもがバスってしまうのである。そう、今回のように。

……べっ、別に俺の話術のレベルが低いとかそんなんじゃないんだからねっ!

……話題作りが下手くそとかつまんない男とかそんなんじゃないからっ!


「……さっきから何言ってんの?」


神無が痛い目で俺を見てる。ふっ、またバスってしまったぜ。己の力の強大さ故に、無自覚に螺旋をバラまいちまう。罪な男だ。

「おい、優音……大丈夫? やっぱりさっき頭のどこか打ってたんじゃ……」

「大丈夫だ、問題ない!」

「いや、大丈夫ってお前全然……とりあえず寝てろ」

「大丈夫だ、問題ない!」

「……んー、これは思ったより重傷みたいだな……ちょっと待ってて凍り枕変えてくるから」

「1番いいのを頼む!」

「…………あぁ」


神無が暖かい目で俺の顔を見ながら部屋を出ていった。凍り枕まで変えてくれるなんて今日のあいつは優しすぎる。どうかしてるぜ!


……うん、確かにちょっとおかしいのかもしれない。俺、今テンション異常に高い。クールダウン、クールダウン。


落ち着くにつれて思考がまとまってきた。そうだ、俺は全部思い出したのだった。黄泉のこと、心音のこと……俺の過去のこと。

しかし、思い出したからといってどうだというんだ。もう10年も前のことだ。仮に、彼女達がまだここにいたとしても、今の俺に何ができる?

昔はただ一緒に遊ぶだけでよかった。でも今となってはそうはいかない。だって、彼女達は、いや……彼女は、心音は俺を殺そうとした。

あの時、なぜ俺は助かったのだろう。あそこから落ちれば骨折以上の重傷を負うことは間違いない。というか、あの高さなら普通に死んでも全くおかしくないはずだ。

黄泉が助けてくれたから? 心音の心変わり? それとも、ただ単に運がよかっただけなのか?

自問自答を繰り返す。考えても考えても答えがでない。完全に行き詰まってしまった。

んー。無理に考えることはないのかもしれない。確かに俺にはそういう過去があった。でも今は今だ。

実際彼女達は俺の前に姿をあらわしていな……ん? ……いや、まてよ……そういえばあの時……秋元と一緒にここに帰ってきた時、公園で聞こえたあの声
『おかえりなさい』

あれはまさか彼女達の……いや、でもそれなら何で今まで俺の前に現れなかったのだろう。謎は深まる一方だ。

しばらくすると神無が帰ってきた。手には冷たそうな凍り枕を持っている。

「ごめんごめん、遅くなっちゃった」

「……あ、うん。大丈夫」

「優音? お前また顔色悪くなってないか?」

「いや、そんなことない。全然元気だぜ」

「とりあえず今夜は安静にしてろよ。ほら、病人は病人らしく布団で寝てろ」

「いぇっさー」

さっきまで寝てた布団にまた入り込む。まだ若干ながら体温による温もりを感じられた。さて、とりあえず朝まで寝よう。これからのことはそれから考えればいい。

と、思って目を閉じようと思ったら神無が枕元にやってきた。

「ほら、頭あげて」

「ん?」

「枕敷いてあげるから」

……は、はぁっ!?

「い、いいよっ! 自分でできるから」

「病人は病人らしく看病されてればいいんだよ。ただでさえ頭が悪いんだから、これ以上悪くなったら大変だぞ」

そう言って神無は無理矢理俺の頭を持ち上げ凍り枕をセットしてくる。

「ふ、ふごっ」

ちょ、おま! 胸っ!

「これでよし、っと!」

突然頭を離されて枕で強打した。

「ごふっげはっ!」

「あーあ、こんなに咳しちゃって……ちゃんと寝てないからそんなことになるんだぞ? ほら、口開けて喉見せてみ!」

「いいよっ! てかお前見てもぜってーわかんねーだろっ!」

「何言ってんだよ、この私に解らないことなんてあるわけないだろ。病人は病人らしく医者の言うことに従え! ほら、あーん」

医者!? ……誰がっ!? 解るってなんだよ! 字がこえーよ! どこまで深く探るつもりだ!?

「ぐばぁっぼごごふぐ!」

反論する隙もなく、左手で首をつかまれて右手で口をがばがば開けられる。のどが絞まってるから口が開いてるのに息もできない! なにこれ新手のいじめ!?

必死にタップしてやっと手を離してもらった。

「何だよ優音、照れんじゃねーよあたしとお前の仲だろ」

照れてんじゃねーよ息ができねーんだよ! ……加害者と被害者の仲です。


「あれ、よく見れば顔も赤いし熱でもあるんじゃないの? おでこだしてみろ」

誰のせいだよ! お前が俺の息の根を止めようとしたからだろうが!

神無は早くも自分の前髪をあげて準備完了ですみたいな顔で待っている。これ以上何かされたらたまったもんじゃない。

「……い、いいって! 別にいいよ! 大丈夫、熱なんてねーから!」

「よくねーよ! こういうのはちゃんとした確認が必要なんだ。風邪をこじらせるのが1番危ないってばあちゃんが言ってたような夢を見た気がする!」

「気がするだけじゃねーか! いや、確かにそれは一理あると思うが……別に体温計でいいじゃん!」

「うちに体温計なんてねーよ! 文明の利器に頼ってるようだからお前はこんなに貧弱なんだ。ほら、病人は病人らしくさっさと頭を差し出せ!」

「……え?」

ガシっと頭をつかまれたのもつかの間、次の瞬間俺は神無の強烈なヘッドバッドを脳天にくらっていた。クリティカルヒット。

「ごぶぼっぐばらっぁ!」

……あ、頭がクラクラする。割れるような痛みが頭に走る。てか多分割れてる。確実に何処か割れてる。さっきから何かと「病人らしく」とか言ってるくせにこの扱いはそんなもんじゃない。人形相手にプロレスする子供だ。

「……うーん、熱はないみたいだなぁ」

お前の頭突きをくらってから、頭に変な熱を帯びはじめたんだが…

「そ、う、みたい……」

「でも一応病人だしなぁ。何かあったら心配だし。仕方ない……ここは優しい優しいこのあたしが一緒に寝てやることにしよう」

「ぶっ!」

「よいしょっ」

「ちょ、待てってっ……!」

「お邪魔しまーす」

「ちょ、おまっ……!」


神無が何を考えているのかはわからないが、俺の夜はまだまだ終わらないみたいだ……