ワンコとの暮らしに特化してのブログですが、芸能界のある方の、乳癌の苦しいご会見をテレビで拝見して、この場所を借りて、乳癌に襲われた母のこと、書こうと思いました。

同じように苦しまれているたくさんの方に、ほんの少し希望を差し上げられればと言う思いです。

かれこれ35年前ほど、母は、右胸に乳癌を発症いたしました。当事私は大学生になったばかりの夏のことです。母が50才の時でした。

胸の違和感を見つけた母は、家族の誰にも言わず病院に行き、一人で検査をしてもらい、手術の日程を決めてきました。

仕事が忙しい父にも、大学生活に浮かれている私にも何も言わずに、私と父が知ったのは、入院する前日のことです。

驚いた父は、仕事もそっちのけで、病院にすっ飛んで、お医者様に話を聞きに行きました。私はというと、のんきに友達と夏休みのフェリーの国内旅行を楽しんでいたのです。

フェリーが桟橋に帰着すると、そこに父と母が出迎えていて、えっ⁉父の仕事柄、母もいつも一緒に世界をくっついて回っていて、言わばほったらかしの私にしてみたら、何でここに?と驚きでしかありませんでした。母にしてみたら、絶望的な検査結果だったので、もう病院から出られないと思ったのかも知れません。

「明日からね、妙子(母の名前です)入院するから。今から僕は病院に行ってくるから、一緒に帰ってあげてくれる?」

わけがわからず、友達と別れ、母と家に戻りました。家には、きちんとパッキングされた真新しいボストンバックがまるでこれから旅行に行くかのように用意されていたのを覚えいます。もう二度と家には戻れないかもと、検査の結果を聞いた後に、デパートに寄って、入院準備のためのボストンバックをえいっと新調しちゃったそうです。

母が入院したその晩、私と祖母が父の部屋に呼ばれ、母が乳癌であること、あまり良くないこと、母はそれを全部知っていること、そして、母の前で暗い話や癌の話はしないこと、そしてけして涙を流さないことを約束させられました。

ステージがどのくらいで、余命がどのくらいなんてことは聞かされなかったけれど、何しろ35年以上前のこと。治療も術式も今ほど進歩していなく、結局母は、2㎝以上もある乳癌もろとも右乳房全摘出し、脇のリンパ、鎖骨から下の筋肉も全部無くなり、右側が、骨の上にすぐ皮膚と言う状態となりました。若気の至りの私にも、これは相当いけないのではと思うほどの大手術です。

そこからが、母らしくもある術後経過です。
抗がん剤は、1クールやって、苦し過ぎてもっと身体が傷むので、もうやらないと拒否。
リハビリは、痛くて痛くてストレスが溜まる。自分で何とかするから行かないと拒否
え゛!

「野草のように生きて、野草のように枯れていく」

母がいつも言っている、座右の銘的な言葉。まさにそれを遂行するかのような行動に、
慌てた父は、日本中の身体に良いとされるものをかき集め試し、リンパ浮腫を予防と、腕が動かなくならないためのリハビリのためとに、ゴルフを始めさせました。

楽しい事が大好きな母は、ゴルフならと痛いのをものともせず、ついにはシングルプレイヤーですにこ

鎖骨から下の筋肉が無いので、首回りの大きいお洒落着などは、ボコッと大きく陥没しているのが時々見えてしまうけれど、何事もなかったかのように着て、お洒落を楽しみますWハートそういう方が、不思議と誰も疑問に思わないものなのだなぁと気がつきました。

わざわざ自分は乳癌患者だったなんてことも言わないし、また、隠すこともしない。

普通。自然。何でもない感じ。

なので、回りは気がつかない方の方が多かったほどです。

術後、無くなった乳房を目たたなくするためにと病院から、レプリカ乳房を母の失った乳房そっくりにオリジナルで作成しているところを紹介していただき、作りに行きました。それはリアルな乳房が、出来上がってきたのですが、「重いわぁ泣オッパイってこんなに重かったのかしら⁉重いからずれるし、こっちの方がいいわ!」と、病院を退院するときに病院がくださった、仮乳房としてブラジャーに入れられる、綿で作った乳房形のパットを、ずっと愛用する始末。

私が言うのも何ですが、若かりし母は、とても美人でお洒落で、父も私も亡くなった兄にとっても、自慢の女性でした。で、それは手術後も変わらず。

術後、高齢の姑がいるし、家事のことも考えて、父がお手伝いさんを頼んでくれたけれど、お手伝いさんに慣れていない母は、来る日の前日に、ほぼ徹夜で家を掃除するしまつ。で、『これでは本末転倒……』と結局、お断りしました。

3~4ヶ月ばかり、抜糸、術後検診、抗がん剤投与等々で、病院にはよく通っていたけど、父の仕事へくっついていく事へ復帰し、あれ?病院は?と聞くくらい段々いかなくなって、私が覚えているのは、術後、一年検診の時に、病院にあまりにも来なさすぎと、お医者さんにものすごく叱られたとくさって帰って来た母のことです。

5年生存率50%。そう、言われたと、「じっとしている場合じゃないの!いろんなことやらなくちゃ!」とばかりに母は、猛烈に活動的でした。

母の手術は思ったより長かったのだけど、駆けつけた母の親友が「何も知らなかった…妙子さんに(手術で)何かあったらどうしよう。このままもう会えなかったらどうしよう」とおいおい泣くmakovvのを、父と私とでさんざん慰めているうちに、長かったはずの手術は、あっという間に終わった感じでした😅(笑)
でも、この母のお友だち!本当に素晴らしい方で、母はどれだけ救われたかわかりません。
「オッパイが片方無くて、傷がすごいなんてこと、何にも臆することはないわよ。チビデブハゲと同じ!個性と思えばなんでもないわ!水虫がぐじゅぐじゅの人だって躊躇なく温泉に入ったりしてるしむっ」とあらゆる言葉を並べて母を励まし、

母の仕事が無いときは、湯治湯治と、温泉に遊びにといつも何事もなかったかのように連れ出してくれました。

右側が鎖骨下の筋肉もほとんど無いのに、ゴルフはシングルプレイヤー、お医者様が眉を潜めるような民間治療をしながら、お洒落を楽しみ、お友だちと温泉旅行に行き、意地悪なんて言わないし、自分にわがままだけど、人にも甘い、私が知っている母は、元気一杯の、生きていること全てが楽しそうで、人生を楽しむだけ楽しんでいる、限りなくステージ4に近いステージ3の乳癌患者なんてこと、家族ですらすっかり忘れてしまいそうになる、普通に、平凡に、何事もなく、自然に生きている人…でした。

それから35年。去年の夏、父を亡くして、あれよあれよと認知症を患った母から「オッパイにゴロゴロしたものがあるの」と突然言われました。

ええーっ⁉忘れてた。母は、ずうーっと昔に乳癌したんだし。お風呂に一緒に入っていたけど、母の胸を触ってチェックはちょっとしてなかったなぁ………

5年生存率50%をクリアしたときは、残りの50%に入れたねぇとばんざーい🙌ってお祝いしたけれど、それからは、お風呂にでも一緒に入らない限り、母が乳房全摘出の乳癌患者だってこと、忘れてた!

わっわー、しこりは大きく二つもあって、検査の結果またまたリンパ節にもしこりが。

何しろ母。乳癌摘出以降とても丈夫で汗父が亡くなった後は、健康診断も嫌だと拒否し、ここ10年、インフルエンザのワクチン接種以外は病院にかかったことがなかった……。

あーー、もはやダメだとどっぷり暗くなったのは私。またまたステージ4に限りなく近いステージ3。たちの悪いタイプの癌で、2.5㎝強のしこりが二つもある。もちろん、リンパ節のしこりは転移……。

また、家族が居なくなる。
母の後ろで、説明を聞いている間中、早期発見ができなかったことが悔やまれて、涙が止まらなく……看護婦さんに慰められる私。

で、認知症の母。
検査の説明を一緒に全部聞いた後に、ニコニコ顔で「先生!助けてくれる?」と。先生、顔色ひとつ変えずに「僕も頑張るから妙子さんも頑張ってね」「はい!頑張ります!」と良い返事の母。あら、認知症も悪いばっかりではないじゃない❗

昨年、母86才の夏の出来事です。お医者様に余命を伺いましたが、「5年生存率って言ってもね、ご高齢だしね。」つまり、寿命か癌の悪さで命を落とすのかは、もはや神のみぞ知るということ。わからないってことだ。

ホルモン治療も効かない厄介な癌であったし、高齢で体力の問題から、今回は私と先生とで相談をし、意見の一致で、抗がん剤、放射線は回避することになりました。

35年前の父を思い出し、母の年金の中で出来る範囲内、抗がん剤や放射線をやったつもりになれば高くない!とまたまた、いろいろ調べ、民間療法でいくことになりました。

肺にも陰があり、肺転移の疑いもあるなかの手術で、術後、無意識にリンパ液を流すドレーンという管を三本あるうちの二本も抜いてしまい汗やってくれたなと看護師さんと「たちの悪いのは、癌ではなくてたぁた(母のニックネーム)でしょーー!」と私にさんざん叱られ退院後、抜けきらず溜まったリンパ液を太い注射で50本分位抜きえ゛!でも、今回は私に引きずられてリハビリに通いましたが、リハの先生からお褒めをいただくほど腕は動き、風邪一つ引かずに一年が経ちました。もちろん、転移の兆しも無しにです。

本当のところ、肺転移の可能性を言われたときは、母の88才の米寿のお祝いはできないと思っていたのです。でも、何事も起こらず、後少し、今月末まで頑張ってくれれば、またばんざーい🙌です。

何だろう。人間の身体って……。生き物の身体って……。

単純に母が丈夫な人かと言うとそうでもないんですよ。若い頃、中心性網膜炎で失明
しかかかったり、軽い心臓病を患ったり、頭痛持ちだったりだったそうです。

健康快進撃は、最初の乳癌手術の後から。

見ていれば、身体にいいものばかり食べているわけでもなく、父が用意しないと、民間療法のサプリメント的なものなんて、自分じゃ飲まないし。ある意味、ワガママ。

私の兄である一人息子を事故で(享年33才)突然亡くし、難しい姑と同居し、最愛の父は、病気発覚後、献身的な看病もむなしく一ヶ月で亡くなり……。ストレスの無い生活をしてきたかと言えば、そんなとこも全くない、悲しすぎることも一杯ありのストレスばかりの人生だった時もありました。

何が癌から母を守ってるのだろうと、不思議に思うのです。
もちろん、腕のいい頭の良い信頼できるお医者様に出逢えたこと!これは、もう母の運の力でしか思えないのですが。

もう一つ思うのは、母に惚れ込んだ、父の絶対的な愛。世界を敵に回しても、父は、母の味方だったと思います。だから、母は、他人にとても優しい。ワガママはワガママですけど、嫌みや悪口を私は母からは聞いたことがない。(私ときたら母に意地悪なこと言っちゃったりしてるんですけど……反省です……)

母のために稼ぎ、母のために偉くなり、全てを母に捧げた父の人生だったから、何が起こっても、意地悪されても、そんな父がいるから母は、ストレスにならなかったのでしょうか?

あとは、何がそうさせるか、ひょうひょうとした母の性格か……。

そういえば、あの難しい姑ともいつもニコニコ接していて、母の嫌みの応酬なんて見たことがなかったので、てっきり祖母は優しいタイプの姑で、うちほど仲の良い嫁姑はいないなんて思ってたくらいです。

母が父の仕事について留守がちになり、祖母と二人で暮らすようになってから、血の繋がっている私の方が、祖母の悪口雑言に精神やられそうになったくらいです。祖母は凄かった❗父が愛するものには、孫の私にさえ嫉妬して、攻撃してくるのですから。

そんな姑と、父の仕事を一緒にする前までは、何十年もサザエさん一家のようにくらしていたのですからねぇ。

母が落ち込んでるって思ったのは、兄の死はもちろんのこと、それ以上に父の死。絶対的な存在の父が亡くなったときは、かなり長い間立ち直れずにいたように思います。仕事もなかったので、なおさらかもしれません。
でも、認知症が母を助けてくれました。長生きして頑張っている人への神様からのご褒美。亡くなった大切な人への、どうにもならない悲しい気持ちが、認知症のお陰で薄まったような感じなのです。

今年の初夏には、階段を転げ落ちて、昨年切った乳癌の方の左肘粉砕骨折です。これもリハの先生に誉められほどの回復でした。普通なら、もう腕が動かせない。痛い痛いと騒ぐところですが……また、母は何事もなかったかのように復活しました。

これが、そんな母の乳癌闘病記です。

母が二度も、悪性と言われた癌を患い、こんな大怪我をしても、余命を越えて頑張れるのは、何でだろう。

人間の身体は、本当に複雑で難しいものだと思うけれど、精神も複雑に関係してるのではと思ってならないのです。

母を見ていて思うのは、母は、先のことも昔のことも見ていなくて、今を見ているように思うのです。今しか見ていない。今をどのように無事に、幸せに暮らしていくか……人を恨まずうらやまず……

「野草のように生きて、野草のように枯れていく」

もしかしたら、それが母の克服方なのかなと。

こんな事が起こっている人もいる。絶望的なことでも、何だか頑張ってる人がいる。そんなことを少しでも感じていただけたら幸いです。

母は、今日も元気にワンコの遊び相手に励んでいます❗

優しいワンコたちと今の楽しいひとときに満足しながらです

実は昨日、ワンコのう⚪こ💩を踏んで、部屋中歩き回った母を、めちゃくちゃ怒ってしまいました………認知症なのでしょうがないと思っているはずの私、ぶっちぎれた感じです。母の足元にするワンコもワンコですけどね汗

でも、今朝起きてくれば、全く何もなかったかのようニコッとおはよう☀と母。

『病は気から』頭にこの言葉がよぎりました。

今日からまた、母の一日一日が続いていきます。どこまで続いていけるかな。

ぶっちぎれながら(笑)、私も一緒に頑張っていこうと思います。









我が家のわんこチームは三頭
です。

ひとりひとりで連れていくのは、具合の悪くなったときの獣医さんとトリミングくらい。
普段はいつも3頭一緒です。

住まいは都会なので、土を踏ませたいと、散歩コースをあれこれと考えるのですが、アスファルトでのお散歩がどうしても主流になってしまいます…

で、今流行りのドックランキラキラ足腰に優しい芝生や、ウッドチップの上を、堂々とノーリードで、走らせてあげられる!

大喜びで登録したものの、ドックランには一人2頭までの大原則があったのですえ゛!

夫は、単身赴任中…娘は大学生…。平日は老いた母もデイサービスへで、私とワンコだけ。

そこかしこにあるわけではないドックランは、休日の混みようはかなりなもの。車を停めるだけで、二時間待ったことも354354

ならば、平日私ひとりで連れていこう!にも、『一人2頭まで!』の大原則が立ちはだかってます……

ドックラン側からしたら、然りなことですよね。
手も目も二つしかないのだから、目が行き届かなくて、事故が起こってからでは大変です汗

今年の夏はとても暑くてガーン朝5時前にご見捨てに外に出てみたら、ちょっと涼風たっていて、おっ、早朝散歩いいじゃない!と無理矢理起こして連れ出したら、ほんの5分歩いただけで、小さなジジが全身でハァハァと泣

えっ⁉っと思ってアスファルトを触ってみたら、『熱ッえ゛!』ビックリして、ジジに並んで座ってみたら、みるみるうちにおしりが熱くなりました(((゜д゜;)))

こんなに早朝なのにガーン立っていたらそよそよと風があって、けして酷暑ではないと思ったのに泣

溜まった熱が放出されていないんですね……これ。アスファルトの放射熱で、小さいジジは、熱中症寸前だったと思います汗



これではジジがゼイゼイ言うはずだわと、慌てて抱き上げて家に戻りましたダッシュ

アスファルトの恐ろしさをつくづく実感させられた恐怖体験でした(*_*)

土の原っぱとか海岸の砂浜とか、都会ではそんなところがちょっとでもあれば集中して人が集まってきます。きっと、人も自然の心地よさを求めてなのでしょう。なので、更なる駐車場の混雑問題が出てきます。

ならば、そうだ!ワンコの特権一面芝生のドックランへ行こうと言うわけです。

電話して、何とか三頭ダメでしょーかと交渉するもむなしく❌……あたりまえですよねじーっ

ではでは、どの子を連れていこうか……

ダックスフンドのティは、もう年寄りだから、お留守番させて…いやいや彼女は稀代のさびしんぼだ……

では、ヨーキーのジジも一緒にお留守番させてと、いやいやジジは一番お出掛けを楽しみにしている……

味噌っかすのそるとは、まだまだチャンスがいくらでもあるから、そるとをお留守番させてと……いやいや、ドックランを一番楽しむのは彼女だ!

ひとりずつ順番にはどうか?!そんなに毎日ドックランに行ってられないなぁ……

とりあえずそるとだけ、連れていくか!車酔いを、治すためにも車に乗せて行くチャンスを増やさなければ❗とそるとに首輪とリードを着けていたら、すかさず、ジジが『順番が違う!私が先でしょ!』とばかりに大騒ぎむっ

それでもと、強引に無視してそるとを連れ出そうとしたら、今度はそるとが『ひとりは嫌だ!』とばかりに足を踏ん張ってハンスト354354

トリミングの時は、なんなく連れ出せるのに、あれ?心読まれてる?

『今日は止めとこう……今度にしよ』がかれこれ何回目だろう……

夏休みの娘に「一日平日頼む」とお願いするも「はいはい」と良い返事のみ顔

結局この夏は、せっかく登録したのに、夫が休みの日曜日に、駐車場に二時間弱待って涙、たった一日、ちょっとだけ暑さしのげるナイトタイムにほんの小一時間だけしか連れていってあげられなかった……

もしかしたら四頭だったら、二人ずつお留守番で、二人ずつ行かれるんじゃないだろうか!そしたら、行くも待つもどちらも不安が半減するねかおなんて呟いたら、しら~とした目の夫と娘………

行かれないとなると、行きたいびっくり連れていってやりたい音符とテンションばかりが上がってしまうaseワガママな性格だなぁ私……

ちょっと遠方のドックランまで聞いて回ったけど、やはり1:2の大原則は変わらずあり。

そうだよね……『我がワンコチームは喧嘩なんかしないんだから、したとてボスの私が鎮めてみせる!』なんてのは、勝手な妄想の域の親バカな話なんだよね……




しょうがないか……涼風たってきたので、せっせとアスファルトお散歩してあげよう。

待ってて!今度の休みはドックランに絶対つれていってあげる!駐車場、待ってでも連れていってあげる❗

私だって見たい❗ワンコたちが嬉しそうに駆け回る姿は、たまらないものラブ

宝くじ当たったら土地買って❤マイドックラン、アジリティ付き作ってあげるからね!

なんてことを、久々に里帰りを兼ねて上京中に我が家に遊びに来てくれた旧知の友人に愚痴りました。

その友人は、自然豊かな地方都市で、7頭のワンコと暮らしている、ワンコを愛して止まない人なのですが、その彼女から言われました。

「マイドックランいいわよぉ~(彼女は更に田舎の別荘の庭にマイドックランをご主人と作っていたのです。)でも、何でそんなにドックランに連れていきたいの?わからないなぁ~???」

『えっ⁉』

じっと私の憂いを聞いてくれていた彼女、穏やかにゆっくりとした口調で話しだしました。

「ドックランはワンコと言うより、飼い主さんのコミュニティの方が盛んよね。時々ね、飼い主さん同士、お喋り夢中になってワンコたちほったらかし状態だったりしてるのよ。
横でワンコたちが一発触発で危なっかしくて見ていられないことがあって、私は怖くて連れて行かれない。
あなたのうちは、一頭飼いじゃなくて、小型犬3頭の多頭で暮らしていて、それなりの広いところで、こんなに楽しく遊んでいるじゃない好
運動も十分過ぎるほど足りてるんじゃないの。戸建てでお庭だってあるんだから、ノーリードにしてあげたいなら、十分過ぎるほどの環境があるのに……。
知らないワンコと同じエリアでノーリードって、ワンコによっては、ものすごくストレスだったりするんだよ。だって、ここは誰のテリトリーなんだよって事だもんね。知らない他所のワンコと突然出会って、仲良く仲良くって、人間のエゴでしかないと私は思うのだけど………。
ワンコはね、それがどこであろうと、家族と一緒が一番嬉しいんだよ。
あなた自身が、お散歩したくて、アスファルトだと嫌だなと思うなら、リードをつけて草や土のある公園に行けばいいんじゃない?
でもね、お散歩がストレスになってしまうワンコも一杯いるってこともわかってあげないとね。
もし、あなたがね、やらなくても済むはずの苦手なことを大きな存在に、無理矢理やらされたら、楽しい?ストレス溜まらない?
それに、そんなに他の飼い主さんからの情報欲しいの?わからないなぁ~……
自分ちのワンコたちのこと、よぉく見ていたら、他のワンコ情報なんていらないと思うんだけどなぁ……まずは、自分ちのワンコをよぉく見てあげない?何が嬉しくて、何が幸せで、何が必要で、何が辛いのか、見えてくるしわかってくるよ
あっ、そうか!あなた自身がね、ワンコのママ友ほしいのかな?(笑)」

穏やかな表情とゆっくりとした穏やかな声色の彼女の事は、我が家のワンコたちも大好きである。
けして、ワンコに無理と近づかず、気がつくとワンコたちを虜にしている彼女。

目からウロコが落ちるとはこの事か……もっともな話だと思いました。

そうだよね。
ドックランに行っても、ティは、一人で遊んでるし、ジジは今時の言葉でいうなら〈コミュ症〉=人見知りなので、ちょっとそるとの真似をして走り回ってもすぐに戻ってきて、私から離れないase
そるとはまだまだ子供だから、他のワンコといつもティやジジと遊んでるみたいに追っかけっこしてたら、ガルッと怒られて、それからはジジのそばを離れなくなったっけ……。

ワンコたちに社会勉強!なんて思っていたけど、私が社会勉強したかったんだ。ちょっと違ったよね……。

そう、ワンコ好きの方たちの楽しいワンコ話を聞きたいのは、私だ!それは、何もドックランで聞かなくたって、いくらでも聞くことできるじゃない!

そこに、なにもうちのワンコたちを巻き込むことないんだよね……




せっかく登録までしたのにと、何を焦って何を憂いていたのか。自身が恥ずかしくなってしまった○| ̄|_

都会で生まれて都会で育った私。別に野原を駆け回っていたわけでもなく、むしろテレビっ子だったけど、苦しくて苦しくてしょうがないかといったら、そうではなかったもんね。
田舎、自然への憧れはあるけれど、それはそれ、これはこれで、ちゃんと楽しく暮らしてる。
ワンコたちも同じかなと思いました。

でもまっ、せっかく登録もしたんだし、色んなワンコが見られるしちょっとだけ、私のエゴに付き合ってと、また夫が休みの時にでも、うちのワンコにお願いしてドックラン行こうかなGOODと、私を囲んでペッタリくっついて昼寝をしている我が家のワンコたちを見ながら、ワンコたちの想いを想像しました。

ほんとだね。一緒にいてあげるのが、このこたち、一番の幸せなんだ。

ワンコは、大きな幸せより毎日の小さな幸せをこよなく愛するんだね。

ワンコへの、いろいろな考え方、想い、愛し方、暮らしぶりがあると思います。

その中の一つの考え方、想いを知ることで、またひとつ勉強になりました。



『ワンコは、喋れない分いろんな方法で私たちと繋がろうとしてくれてるよ。私たち人間は、まずはそこに気がつかないとねにっこり

おっとりと穏やかに、うちのワンコたちと遊びながらの彼女の言葉、心に響きました。

私……小さい頃からワンコと暮らしていたわりには、まだまだワンコ生活初心者だなぁと反省しきりです汗

そして、あぁ、かくも楽しいワンコとの生活よハートです❗












ケアベア イエローそると M.シュナウザー(ソルト&ペッパー) ♀ 1才



わっ、また違う犬種⁉えっ👀⁉シュナ?😒と思われたことと思います😅

出会っちゃったんです…うちのワンコチームにぴったり👌と直感が働いちゃったワンコに😅💦💦💦

昨年、若葉が綺麗で爽やかな風が吹きはじめた気持ちのいい初夏のとある日、散歩に行こうと母を誘いました。

私の両親は、ものすごく仲のよい夫婦で、それは、子供も割って入れないほどでした。
なので、仕事もプライベートもいつも一緒。お陰で、私はちょっとばかり難しい性格の祖母とお留守番ばかり。で、さびしんぼの子供になっていったのですけどね😅💦

そんな中、父が転んで初動診察の見落としから半身不随となり、ますます母は父とベッタリの生活をしていました。悪いことは続くもので、父が肝臓癌が見つかり、母のものすごい頑張りも虚しく、わかってからたった一ヶ月で父は天に上っていきました😢😢😢

空の巣症候群。ってこういうときに使うんだと、母を見ていて思いました。思い返せば、難しい姑に仕え、兄を交通事故で亡くし、最愛の夫である父を癌と告げられて一月で失い、母の中で何かがプツンと切れたのかもしれません。

認知症を患い、あれよあれよと言う間に、昔の母は居なくなりました。

元々、ワンコを飼う飼わない以外では、難しい人ではなかったので、短気記憶障害以外では、そんなに手がかかることもなかったのですが、そんな母が、散歩に出る直前に「胸にね、ゴロゴロしたものがあるのよ」と。

えっ👀⁉思い返せば、35年前、私がまだ学生の頃、乳癌を患い、方胸全摘出の大手術をしていた母。転移にしちゃ、時間が経ちすぎているけど………。躊躇しながら母の胸を触ってみると、あっ😱大きなしこりがある泣
散歩は、急遽病院へと変更。我が家のホームドクターのところにすっ飛んで連れていきました。

見解は、相当大きくなっている乳癌に間違いないとのこと。すぐさま大きな総合病院
に連絡をしてくれて、そちらで検査➡入院➡手術。季節はすっかり夏になっていました。

癌の程度は、かなり悪く😢しかも2つもしこりができていて、リンパ節にもしこりが……。お医者様から、検査結果を聞いている最中に、気がつかなかった後悔と、また家族を失うかもしれないというショックから涙が怒濤のように出てしまって止まりませんでした😢😢😢

救われたのは、母の認知症。一緒に限りなくステージ4に近いステージ3。もしかしたら肺転移があるかもと、絶望的な診断を聞いていても、後ろで涙溢れる私にも気がつかず、けろっとして「先生!助けてくれる?」と笑顔の母。先生「頑張りますよ!だから、一緒に頑張ろうね😅」と。
ん?認知症も悪いことではないかな⁉

検査終了後、入院、あっという間に手術。

今の術式は、素晴らしく、術後翌日には、もう起き上がり歩けるようになりました。35年前が嘘のようです。

でも、二週間近くの入院期間中、絶滅危惧種の我が家💦は、夫、娘、ワンコたち総動員で頑張るしかありません。

母の病室に日参。で、夕食を見届けてから帰宅。帰り道、買い物に寄ったショッピングモールのペットショップを覗くのが、ストレスの解消の一つになっていました。

言い訳ではありませんが、けしてワンコを連れて帰ろうなんて気持ちは微塵もなく、動物園代わり、癒されたいだけで、覗いていただけです。

母の手術の日、「一応全て取り除けました」とグロテスクな大量の癌を見せてもらい、術後の説明を家族で聞き、夫は仕事に、娘は学校にいったあと、母が麻酔が覚める
のを見届けてから帰宅。なので寄ることはできず。でも、翌日、母の順調な回復にちょっとばかり心弾んで、ペットショップに癒しを求めて寄ったら、そこにくしくも母が入院した日にそこにやって来て、手術の日に、初めてお目見えで居たのが、そるとでした。

黒くて小さくて、四角い顔していて、ぐっすり寝こけている仔犬。一緒に入っていたマルチーズが散々ちょっかい出しても、手でフンッと払って、動ぜず寝ている(笑)

ミニチュアシュナウザーの女の子。ふーん。成犬になると、五キロ~七キロになるんだ。こんな小さいのに、結構大きく育つんだなぁ。と、一つワンコの勉強になったなくらいの感じでした。けど。

翌日、またその子の様子、見たくなってしまってうう行くと、元気に身体の大きい他のワンコと遊んでいて、それが少々天然な感じ😅💦(笑)倒されても、噛みつかれても、反撃にワンテンポあって😅見ているとついニコニコしてしまう私がいました。

『この子は……💓💓💓』でも、連れて帰ろうなんて思っていませんでしたよ。ほんとほんと。

母の退院の日、お昼を食べてから帰ろうと寄り道がてら、母に可愛いワンコたちを見せてあげようと、またまた覗きに行くと、店員さんから突然声をかけられました。「ミントちゃんの⚪⚪さんですよね?」「えっ👀⁉(ミント?)」

かれこれ17年前に、ミントを私達にお世話してくれた若き店員さんが、ベテランになって、そこにヘルプで来ていたのです。

(その詳細は「そるたんvol.2」で😉)

で、そるとは、我が家のワンコチームの一員となりました。

私は、ワンコは犬種より、性格に惚れちゃうのですが、犬種で言ったら何が好き?と聞かれれば、多分ダックスフンドかなぁと答えると思います。足が短くて、胴が長くて、キテレツな風貌ですけれど、顔はスマートで美しい❗
「ダックスフンドって気持ち悪ッ😒」なんて言われたこともありますけど、私はあのテコテコ歩く姿、美しい切れ長の目は、見ているだけで保養になると思うのです。
なので、シュナウザー!ましてやテリア(厳密にはテリアには分類されないらしいですけど)なんて、眼中にないはずなのに、その黒い仔犬の性格?所作?私の中のムクムクとした惚れ心❤を押さえ込めなくなりそうなときの声がけです😅

(そるとが家にきてからの詳細は「寝られない2」で)

そるとは、本当にユニークなワンコですラブ
おっとりしているかと思えば、笑える仕掛けをティやジジにします。そんなわけで、ティにもしょっちゅうしかられていますううけれど、反撃なんて毛頭考えていない感じで、いつもちゃんと叱られています。でも、2分で叱られたこと忘れます(笑)

抱っこが大好きで、抱っこ虫です。これには、夫もたまらないらしく😅ジジが夫の恋人ですが、その座が危ないくらい抱っこしています。
ジジはそるとが大好きなので、全然嫉妬しません。そこも不思議です。何故なら、そるとは、抱っこに関して嫉妬深くて💦他のワンコが抱かれると、ソプラノキャンキャンで、「私も私も」と騒ぐので、ティもジジも譲るのです。

他の事は、全ておっとりと最後の順番を待っています。おやつも、ごはんも、お出掛けも、ブラシッシングも、抱っこ以外は全てじっと順番が来るのを待ってます。

偉いなぁと思っていると、オモチャで遊んでいるジジの耳元でソプラノワンッ(笑)で驚かして怯んだすきに横取りしますえ゛!
でも、争いにはならず、やり過ぎてはティに叱られています。ティがジジを立てている様子に思われて、逆に嬉しく思うのです!
これも、そるとが味噌っかすに甘んじ、味噌っかすなりの役割を担っていると私、思うのです!ワンコって本当にすごいですキラキラ

そるとに、オマケ⁉のパピースクール体験が付いてきました。スクールなんて行ったことなかったのですが、我流ばかりも何かなと、私も社会性をつけなければと行ってみました😉👍

で、体験版じゃなくてそのまま代金を支払って続きを受けたのですが、頭いいじゃない!さすがプロの教えは違うなと次々と覚えてできるようになりました!と思ったのですが……。何故か家に戻ると、教えられたことは全てできない………😱💦💦💦できないのではなく、やらないのかもしれません💦💦💦スクールではできる、家にも戻って復習しようとするも、やらない……。私のやり方がいけないのだろうと思いつつ、結局我流とティとジジから教えられたことで、そるとなりのワンコライフを送っています😅(笑)

多頭飼いのある意味難しさなのかもしれませんね。

何しろ我が家は、群れを離す事はしていないし、ゲージに入ってもらわなくちゃならないときも三人一緒に入ります。

私はですが、人間の勝手を押し付けているのだから、ワンコの自由を奪うことは、最小限にしたいと思っているのです。

これも、いろいろご注意ご忠言をいただいております。もちろん、それに対して無視なんてしませんよ。ちゃんと、耳も心も傾けて、大いなる参考にさせていただいての我流です。うちだけで、暮らすわけではないので、私が社会性を持たないとと、心して受け止めさせてもらっています。

ドックランがティの時代から、増えてきました。
お散歩は、ワンコに取って運動としての役割はあまりなく、社会性を備えるためと思うところがあるので、ドックランで、ノーリードで、他のワンコと触れあうのは、運動も社会性も一挙両得と嬉しく思うのです。
でも、ティはドックランに行っても、他のワンコと交わることなく一人遊び、ジジは私たちから離れずくっついて回る……、う~んと思っていたのですが、そるとを初めて連れていったとき、離すなり、ドックラン中を走り回り、他のワンコを追いかけ回し(追い回されたワンコと飼い主さんごめんなさい😰💦💦💦)これぞワンコの本来の姿と私は大喜びでした❗

無邪気、天真爛漫、そしておっとりと天然。これがそるとの全部です。



そんなそるとを見ていて、ドックランで、ティが一緒に走り回ってました!ジジがそるとと一緒に他のワンコと追っかけっこしてました!
そるとは、教えてもらうばかりではなくて、他のワンコたちに、一杯いろんな事教えてくれていたのです。

つるんで家中走り回っている姿、三人で一つの布団にくっついて寝ている姿、怒られると(我が家では、お留守番中とかの誰がやったかわからないイタズラは、連帯責任制なのでまとめてコンコンと叱られます😅)三人でピッタリくっついて反省の顔をするところ、どれもこれも幸せ気分にしてくれますラブハート
そるとは、自分のイタズラは、自ら投降してくるんですけどね😅笑笑

そんなこんなで、そるとももう1才。娘命名の「愛すべきおバカトリオ❤」は今日も元気に母を、家族を、癒してくれています。

限りなくステージ4に近い肺転移もあるかもの母も手術してから何事も起こらず一年経ちました。年なので、抗がん剤治療も、放射線治療も先生と相談してしていません。

毎日、犬たちに遊ばされています。もしかしたら、これが、一番の治療になっているかもです。
ワンコは年寄りに優しい。それも、ワンコたちに教えられました。

我が家のワンコだからではないですよ。ワンコは、皆優しいんです。その心をねじ曲げちゃうのは、きっと人間なんだなと思うのです。

苦しいときは苦しいとワガママしてください。当たり散らしても大丈夫!ちゃんと、愛してあげれば、ワンコは、人間の暗い部分を受け止めて、癒してくれます。

もし、これから多頭飼いをお考えのみなさん!はじめのワンコのいわゆる躾はしっかりしておきましょう!
良いことも、(人間が思う)悪いことも、ワンコからワンコへと教えられていきますよ~😆💦💦💦(いい加減な私の元で暮らしているからかもしれません、我が家だけかもしれませんけど😅)

一つ、私がまめにワンコたちに教えていることは、集合です。
何か、災害が起こったとき、バラバラで逃げなくてはならなくなったとき、私がここにいるよと戻ってこられるように、ずっと教えてきました。おやつをあげる度、ごはんの度、あげる前に同じ音を鳴らしていました。うちでは、すぐに音を出せるよう口笛です。なので、ドックランでも、家でも、バラバラに居ても、口笛で集合かけられるようになりました😉✌犬笛は、わりかし公なので、他のワンコも反応する場合があります。独自のその家なりの音がいいと思います!

まだ、試していない方、試してみてくださいね😉🎵

で、一杯一杯喋りかけて、一杯一杯愛してあげてくださいねWハート

暮らしにくい、扱いづらいワンコなんていません。ただ、ワンコは、家族の写し鏡です。面倒なこと、可愛くないところがもしあったなら、それはあなた自信でしょう。自分が変われば、ワンコも変わりますよ!

これこそ、私の経験談です。