本記事では、Rocktech の RK-Android-PX30-01 と 5 インチ TFT パネル RK050BHD335を Android 11 上で動作させた手順を、実務的な観点でまとめる。 両者はコネクタ形状やピン配置、電源条件が一致しないため、試作段階では フライワイヤ方式の簡易アダプタを作り、最小限のハード変更と デバイスツリーの調整だけで短時間に立ち上げた。 量産向けの完全設計ではないが、評価・比較を素早く行うには有効な方法である。
1. ハードウェア構成
- SBC: RK-Android-PX30-01(MIPI DSI 2lane、PWM、汎用GPIO)
- 表示: RK050BHD335(5インチ、720×1280、MIPI DSI)
- アダプタ: フライワイヤ基板(手配線によるピンリマップ)
- OS: Android 11(ベンダ BSP ベース)
- 電源: 5V 入力、1.8V/3.3V 系、LED 用昇圧/定電流
PX30 は DSI 2lane を備え、バックライト PWM とリセット/イネーブル用 GPIO を柔軟に割当できる。 一方で RK050BHD335 はパネル側の DSI 極性や電圧条件がボード標準と異なるため、 ピン順・電圧・バックライト駆動の3点を合わせ込む必要がある。
2. なぜフライワイヤ方式か
評価専用の変換基板を新規設計・製造すると数日〜数週間を要する。 複数パネルを比較したい初期段階では、時間コストが大きい。 そこで、フライワイヤで 信号の手動リマップ、 電源レールの安全確認、 最小限の投入での表示確認 を優先した。 この方法は見た目は簡素だが、パネルの初期化・タイミング・バックライト挙動を 短時間で検証でき、次の設計判断につながる。
3. 電気的な注意点
- MIPI 極性と配線長: Lane0/1 の P/N を正しく対応させ、配線は可能な限り短くする。
- IO 電圧: DSI/制御は 1.8V 系、必要に応じてレベルシフトを追加。
- バックライト: LED 電流は専用ドライバで一定化。PWM は論理のみ。
- グラウンド: 差動の共通モードを抑えるため多点で接続。
MIPI は高速差動のため、恒久運用にフライワイヤは不向きだが、 数センチ規模・評価目的であれば問題なく機能確認できる。
4. デバイスツリーとカーネル設定
BSP ではパネルはデバイスツリーで宣言し、ドライバ側でタイミングや 初期化シーケンス(DCS コマンド)を定義する。 基本となるエントリは次のようになる。
panel: panel {
compatible = "rocktech,rk050bhd335";
reg = <0>;
backlight = <&backlight>;
status = "okay";
};
主な調整点は以下。
- 解像度: 720×1280(縦表示)
- インタフェース: MIPI DSI 2lane
- ピクセルクロック/HS 周波数の微調整
- バックライト: PWM1 を使用、GPIO による EN 制御
- RESET/ENABLE の GPIO 割当とパルス幅
DCS 初期化では色フォーマット、極性、ガンマ、スリープ制御を設定。 変更後はカーネルを再ビルドし、PX30 に書き戻して確認した。
5. 直面した課題と解決
5.1 リセットタイミング不一致
ブート後に表示が起きないことがあり、リセット Low/High の保持時間を延長。 デバイスツリーの delay 設定を増やすことで安定した。
5.2 バックライト GPIO 競合
既定の GPIO が他用途と競合していたため空き GPIO へ再割当。 PWM と EN の役割を分離してノイズの影響を低減した。
5.3 DSI 差動の極性問題
手配線の都合で一部の P/N が入れ替わり、色化けやちらつきが発生。 配線を是正し正常化。フライワイヤでは最も起こりやすいトラブルである。
5.4 電圧整合
一部制御ピンで 3.3V を要求。抵抗分圧またはトランジスタでレベル変換し安全動作を確保。
5.5 Android 側の表示向き
カーネルが安定後も UI が回転表示になるケースがあり、 build.prop の DPI/回転設定を調整して整合を取った。
6. 検証フロー
dmesgで DRM/DSI の登録ログを確認。modetest -M rockchipでモードとリフレッシュレートを確認。- オシロ/LA で Lane のアクティビティを観測。
- 単色/グラデーション表示で色再現とガンマを目視確認。
- 数時間の連続稼働で温度・電流・輝度ドリフトを点検。
7. 結果
Android 11 上で RK050BHD335 の点灯に成功し、60Hz の滑らかな UI 表示、 良好な色再現、安定したタッチ応答を得た。 最小限の電気的改修とデバイスツリー調整のみで、 PX30 プラットフォームでの実用的な表示が確認できた。
8. 学びとベストプラクティス
- 既知動作品から着手: まず既存対応パネルでドライバ系の健全性を確認。
- 電源優先の検証: ロジック/LED の電圧・電流を最初に固定し、誤通電を防ぐ。
- 計測器の活用: DSI は目視困難。LA/オシロでリンク有無を短時間で切り分け。
- 配線の記録: フライワイヤは差し替えミスが致命傷。写真・表で管理。
- ソフト先行の最適化: ハード再設計より DTS/ドライバ修正の方が高速で安全。
- 量産は専用基板: インピーダンス整合、EMI、ESD を満たすため専用 FPC/変換基板が必須。
9. 量産設計への示唆
本方式は評価段階での速度を最優先する。 量産・長期運用では以下を推奨する。
- DSI 配線の差動インピーダンス管理とレイヤ構成の最適化
- LED ドライバの定電流化、ソフトスタート、温度保護
- ESD 保護、コネクタの機械信頼性、ケーブルクランプ
- 静音設計(EMI/EMC)と量産テスト手順の整備
10. 他パネルへの展開
- インタフェース種別(MIPI/LVDS/RGB/eDP)を確認。
- ピン配置と電源シーケンスをデータシートで照合。
- デバイスツリーにパネルノードを定義し、DCS 初期化を実装。
- タイミングを微調整し、点灯→色調整→安定化の順で詰める。
- タッチ(I2C/USB)を統合し、座標/回転/DPI を OS 側で整合。
この流れを踏めば、PX30 だけでなく類似 SoC でも短時間で評価を回せる。
11. まとめ
フライワイヤ式アダプタとソフト調整を組み合わせることで、 新規 TFT パネルの適合性を数日スケールで判定できる。 本手法は開発初期の意思決定を加速し、量産向けの専用基板設計に着手する前段として大きな価値がある。 今後も他サイズ・他コントローラの検証結果を整理し、設定の要点や失敗例を継続的に共有していく予定である。
