溺愛という名の虐待
たんぽぽの種は、まるで家族のように、
寄り添っていますが、ちょっと息を吹き
かけただけで、綿毛の落下傘によって
それぞれがバラバラに飛んでいきます。
種はできるだけ遠くへ飛ぶことで種の
繁栄を広範囲に広げることができます。
このようにできるだけ兄弟姉妹がバラ
バラになることは、生物多様性の原理
に適っており、種の繁栄の理に適って
いるのです。
驚くべきことに日本ではこうした生物学
上の概念が昔から浸透していたのです。
「兄弟は他人の始まり」
「夫婦は赤の他人」
「カワイイ子には旅をさせよ」
むしろ、今もある、どこかの国のように
「将軍様の元、一丸となって国を守る」
「我々はお互いを慈しみ、国を愛してる」
などと抑圧的になるのは、家族であれ、
国家であれ、極めて不健全な状況で、
「私たちはとても仲のいい家族」などと
主張する家族ほど、それが脆弱で壊れ
易いことを指し示しています。その証拠
に、そうした家族に不幸が訪れてしまう
と途端に相続問題等が勃発しモメます。
「私たち仲いいの」などと唱え続けなけ
ればならのは、それだけバラバラになり
易いから抑圧をかけていたに過ぎない
わけです。
生物学上も心理学上も最も危険な家族
の行為は「溺愛という名の虐待」です。
溺愛と虐待はあたかも両極端のように
見えますが、そこには強い抑圧がかけ
られるため本質的には同じものなのです。
男女とも「マザコン」は溺愛という抑圧に
よって形成されるのです。
あなたは精神的に虐待されたか?
どこからが虐待で、どこまでが躾なのか?
という問題は以前、このブログでも扱い
ました(「悪女を科学する」シリーズ参照)
子育てが母親の専権事項である日本に
おいて、母親の感情や気分というものは
子供の精神的成長に大きな影響を及ぼし
ます。母親が結婚や夫婦生活に不満を
持っているとそれは必ず子育てに反映さ
れるのです。
躾という美名のもとに行われる精神的
虐待は、子供の心を深く傷つけ、その
精神的成長に大きな影響を与えます。
家族は子供の心の工場で、その工場
長は母親なのです。
母親の気分次第で、その一言で子供の
心は歪められ、変形してしまうのです。
家族がまん丸ならば、心はまん丸、
家族が三角形ならば、心も三角形。
精神的な虐待は残念ながら、発覚、発表
される虐待件数には数えいれられません。
見えない虐待なのです。こうしたものは、
その子供の人格を形成し、性的志向から
人生観までを形づくってしまうのです。


