比較が不平等を生む
不平等も平等も比較によって実現
されるもので、比較がそのものが、
なければ、存在し得ないのです。
また、比較対象をちょっと変えるだけ
で、不平等は解消されたりもします。
人生は平等には出来ておりません。
このことは紛れもない事実であり、
人生の真実なのです。
努力が足りない、とか、
信心が足りない、など
のことばも空しく、人生は
不平等にできているのです。
しかし、隣の芝生は青く見える!
のも事実。人が見栄を張るのも、
自分の弱点を隠すのも事実です。
だから、この世で、本当の不平等が
実現されているかは定かでないのです。
たとえば、老化と死は平等にやって
来ます。しかし、そこに比較が入ると
不平等が生まれてきてしまうのです。
しかし問題は、不平等社会で、平等を
実現するためには比較が必要である
ということ。平等のための比較が導入
された瞬間、そこに不平等が生まれて
きてしまうのです。
このことは、観測者の矛盾を突いた
不確定性原理と似ています。
