2010年2月,すなわち大学院入学の直前に,なぜか僕はこのブログを始めたみたいである。ちょっと内省的になっていた時期だったのだろうか,「ブログをやる」,ということがしてみたかったのだろうか,忘れてしまった。
そして大学院2年の春学期の今,2回目の記事を書いている。
理由は,今の気持ちをどこかに記録しておきたいのだが,紙だと字数を省略しがちであまりたくさん書けないからキーボードで打ちたい,ついでにふたたび「ブログをやる」ということがしたい,ということである。
大げさに導入するする悪い癖が出ているような気がするが,気にせず進むこととする。そもそもこのブログはブログという体ではあるけれども,どうせ誰も読まないだろうという投げやりさも孕んでおり,だからこそこうして僕はこの公と私の絶妙なはざまで文が書けるのだ!だから気にしない。
本題だが,今日は映画をみたのである。「コクリコ坂から」,いわずもがなジブリの新作である。
いたく感動したのである。
そして感動といっても映画についてだけでなく,いろいろなことにポジティブな気持ちになれたので,これは書いて残していかないと,もったいないぞと思ったからこうやって書いているのである。ツイッターでは足りない。電話する相手は…いない。彼女がいでもしたら,電話して話しまくって自己嫌悪におちいったりしそうであった。ちなみに先日参加したセミナーでも「アウトプットしたことがインプットされる」と聞いた。だからアウトプットの場として,ここを使うのである。
コクリコ坂,なんといっても,登場人物がストイックだ。確かにジブリのキャラはストイックな人が多いけど,今回は昭和の高校生ということもあり,そのストイックさが特にクローズアップされる。料理をする主人公の冒頭部分だけで,僕はほとんどやられてしまっていた。「俺もがんばらねば」と。何と単純というか早とちり,早合点,ちがうな,なんていうんだっけこういうの。
そしてカルチェラタンでのそれぞれの部員の「自分の専門分野」への情熱,こだわりが感じられるシーン。俺も吹奏楽部だったなあ,俺もある意味こんな感じだったのか?などとちょっと過去を美化しつつも,やはりどのキャラもかっこよくみえる。がんばってる人かっこいい。どんどんそういう風に解釈している。
考えれてみたら「がんばってる人」はよく描かれる。がんばってない人,を描いているフィクションのがどちらかと言えば少ないだろう。なのに,ここまでコクリコ坂に限って,自分が啓発されたのか,よくわからない。ただわかるのは,ドラマででないことの大事さだ。ドラマだと,どうしてもキャラではなく俳優に着目してしまって,キャラを「そういう人」がいる,という対象として認識しきれない。「そういう人」のキャラを演じているのね,と思ってしまうから,どこか冷めていて,自分の行動まで影響してこない。アニメは違う。「そういう人」が確かにここにいるな,と認識するのだ僕は。だから現実の人間と,同じくらいのリアリティをもってキャラクターを認識しているから,そのキャラに「羨望」さえ抱くことが出来るのである。だから感染する。うーむ。特にジブリだと,殊にこのコクリコ坂は人がリアルに感じられる(た)のだ。
まあここで下世話になるが,(下世話って「おしもの世話」ってかくのね)俺はジブリの主人公タイプの女の子のような,感情豊かで心優しくてストイックで,だいたいちょっとツンデレよりな子が,本当に好きなのである。キモイな。しかし仕方がない。そしてそんな子に釣り合う自分になるためには,もっとガンバらなきゃだめだ,と思うのだ。こういう感情が結構多くの部分を占めている気がするな。
女の子に特化した話でもなく,今回ではコクリコ坂の主人公の二人は幸せに一生過ごすような気がするのだが,少なくとも今の俺じゃこういう幸せにはたどりつけないなとまで思ってしまう。その反面で,こうしてエネルギーをもらっているのだ。
ちゃらちゃらして,そこまで本当にがんばっていないのにうまいこと取り繕って,ひょいひょい何となく生きている気がしていた最近をかえりみた。もっとベストを尽くしていきていかなきゃな,そうでなきゃ,いい出会いもできなそうだ。
完全に映画のレビューではないね。自分のレビューだ。しかたない。
前もアニメでこういう気持ちになった気がする。秒速なんたら。でも,「カケラ」を見たときも,これは実写だけど,割とよかったな。
映画は,すごいぞ。そう考えると。下手な自己啓発本より,よっぽど効く。手軽だし。
すこし客観的になりすぎたな。なんにしても,今日は映画を見に行って本当に良かった。これで試験も乗り切れる気さえしてきた。そうだ,俺はシュン君のようにかっこよくなりたいのだ。まあキャラは違い過ぎて難しいだろうけど,近づきたいなあ。ああ自分はなんてアホなんだろう。これはもはや長所だと言っていいくらいの単純さではないか。
そろそろ熱もひいてきた。しかしまだ慣性は働いているし,エネルギーは蓄積された。なんて恥ずかしい文章だろう。記憶のためだ仕方ない。
最後はポジティブに終わる。うん,明日からちょっとストイックに,真摯な気持ちでとりくもう。で,近くコンタクトにしてみよう。あとライブの宣伝を心をこめてするのだ。勉強はいわずもがな。
感動できる!まだまだたくさん。ありがとうはやおさん。
人生,後悔したくないし,満喫したい。有限なの,本当に忘れてた。
無駄な時間は減らす!まあ無駄かはわからないけどね。ただ感動するための時間投資はおしむべきではない気もする。弁護士になってからもどうせ忙しいのだ。今のが融通きくし,将来もそうだ。今なんとかすべきなんだ。将来も同じできるようにしておくために。
またかこう。
初めまして。
僕はmixiが少し苦手です。
なんでなのかを考えてきましたが、未だにはっきりとはわかりません。
「空気を読む」ことと「読まない」ことのカオスがmixiでは繰り広げられています。
それに嫌気がさしてしまう。自分の立ち振る舞いがわからなくなってしまう。
日々ひとは考えながら過ごしています。一度僕は「なんで日記を書かないの」と聞かれ、「特に書きたいことがないから」と答えました。そうしたら「何も考えていないんだね」と笑われました。
でもそんなことはないのです。僕も考えています。でも、「今日こそはこの思いをぶつけてやるか」とディスプレイに向かうのですが、「これは書く必要ないな」「これも引かれるな」「これはしまっておくか」と削ぎ落とされていき、結局何も残らないのです。
今は、お知らせと最低限の近況報告をするためだけに使う、という自分なりのやり方に落ちつきました。結局僕のような「アマチュア」(同時に無名な人)が、自分の考えを特定の人に発信する、というのは無理があります。するなら無名性の中で行わなくてはやっていけない。内容を見て、そういう人がいるのか、自分と似てるな、とか違うな、とかただ感じてくれれば十分。
「プロ」になるまでは、僕は誰にもこのブログのことは言わないようにしたいし、ここで自分の名前や顔も明かしません。僕の「心の処方箋」のひとつとして、僕はこのブログを使うし、もしかしたら誰かのそれになるかもしれません。そんなに嬉しいことはないので、もしそうなるような時があったら、ひとこともらえたら嬉しいです。
僕はmixiが少し苦手です。
なんでなのかを考えてきましたが、未だにはっきりとはわかりません。
「空気を読む」ことと「読まない」ことのカオスがmixiでは繰り広げられています。
それに嫌気がさしてしまう。自分の立ち振る舞いがわからなくなってしまう。
日々ひとは考えながら過ごしています。一度僕は「なんで日記を書かないの」と聞かれ、「特に書きたいことがないから」と答えました。そうしたら「何も考えていないんだね」と笑われました。
でもそんなことはないのです。僕も考えています。でも、「今日こそはこの思いをぶつけてやるか」とディスプレイに向かうのですが、「これは書く必要ないな」「これも引かれるな」「これはしまっておくか」と削ぎ落とされていき、結局何も残らないのです。
今は、お知らせと最低限の近況報告をするためだけに使う、という自分なりのやり方に落ちつきました。結局僕のような「アマチュア」(同時に無名な人)が、自分の考えを特定の人に発信する、というのは無理があります。するなら無名性の中で行わなくてはやっていけない。内容を見て、そういう人がいるのか、自分と似てるな、とか違うな、とかただ感じてくれれば十分。
「プロ」になるまでは、僕は誰にもこのブログのことは言わないようにしたいし、ここで自分の名前や顔も明かしません。僕の「心の処方箋」のひとつとして、僕はこのブログを使うし、もしかしたら誰かのそれになるかもしれません。そんなに嬉しいことはないので、もしそうなるような時があったら、ひとこともらえたら嬉しいです。