2021年最後の更新は、本年に完結を迎えた『NEW GAME!』について。
「『NEW GAME!』完結記念展」キービジュアル(C)得能正太郎/芳文社
今年の10月、表参道で開催されていた『NEW GAME!』完結記念展に、会社の同期である友人と足を運んだ。
絵について雄弁に語れるほどの知識も語彙がないのを承知でこれは書くのだが、8年半に渡る『NEW GAME!』のアートワークスを概観して率直に思ったことは、作者・得能正太郎の絵がある時期を境に変化を遂げていったということだ。
初期の絵と最後の方の絵を比べると、その質感や解像度がかなり違うことに驚かされる。いかにもきららという感じの可愛らしい絵から、書き込みが多く陰影がくっきりしている、繊細で綺麗な絵へと変化していったという印象を受けた。そして、イラストレーションの方向性の変化は、きらら作品らしく可愛い女の子しか出てこない日常系の物語の形式に則りながらも、その内実としては葛藤も挫折も織り交ぜるシビアなお仕事ものを描くのだという作者の意図と、軌を一にしていると感じた。
同時に、主要キャラクターの等身大パネルを見ると、物語が進むにつれてキャラクターがこれほど増えていったのかということにも改めて気づかされた。
7巻からは日本だけではなくフランス・パリも舞台になり、フランスのゲーム会社・ブルーローズの面々も物語世界に参入する。巻数が進むごとにキャラクターがどんどん増えていき、物語世界が充実していく中でも発散してしまうことなく、最後に全キャラクターが揃って大団円を迎えたことに、並大抵ではない作者の構成の手腕を感じる。
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自分は2018年の年始を契機に深夜アニメの世界に本格的に触れるようになり、いわゆる「きらら日常系」作品を愛好するようになった。
『きんモザ』『ごちうさ』『恋アス』など、本ブログでも折に触れて採り上げてきたお気に入りの作品は数多くあるが、中でも『NEW GAME!』は自分にとって特別な作品としてある。アイルランド・ダブリンに留学していた2018年~19年、そして大学院を修了し勤め始めた2020年以降も、常に座右にあった作品である。
本年の締めくくりとして、自分の仕事観にも少なからず影響を与えている本作の特に気に入っていることを論じることによって、今年の総括的な文章としたい。
理想の上司像
これまでこのブログで何度も書いてきたことだが、八神コウは自分の理想の上司像である。
コウさんのどこをそんなに尊敬しているのかをまず挙げるとすれば、6巻のラスト・すでに圧倒的な実力・人気・業績を持っていたにも関わらず、より自らを高みへと運ぶために、イーグルジャンプを離れフランスに渡るという道を選んだそのストイックさがある。
『NEW GAME!』vol.6, p.104. (C)得能正太郎/芳文社
その決断の意図としては、上記の引用したコマの通りであるが、PECOのキービジュアルを巡るいざこざを経て、コウは自分がイーグルジャンプにいたままでは、若手のチャンスを潰してしまうということに気づいてしまったということもあったのだろう(これはオリジナルのものではなく、どこかで読んだ誰かの解釈で非常になるほどと思ったことを付記しておく)。
7巻から9巻に渡ってコウはフランスに渡り、ブルーローズにて仕事をする様子が描かれる。そこで、青葉を絵の世界へと導いた高校時代の友人・ほたると出会い、ルームメイト兼同僚として生活を共にする。一方、イーグルジャンプではコウがいない状態で「デストラクションドッジボール」の開発が進んでいく。
出発時の青葉との約束通り、コウはイーグルジャンプへと戻っていく。それは、開発終盤、納期に間に合わず炎上しているというピンチのタイミングであった。「売れますよ」の一言で発売スケジュールの後ろ倒しを決定させ、自分なしでゲーム制作を進めてきたチームを信頼し、最後まで間接的なサポートに徹することを選んだ彼女は、あまりにも格好いい。
自分がコウさんを尊敬する理由はもう1つある。それは、彼女は色眼鏡なく部下や後輩と接し、その人の長所や良さを適切に引き出して導く才覚を持っているというところである。
コウはプレイヤーとして圧倒的な実力を持っていることは周知の通りだが、そこだけではない。ブルーローズの上司・カトリーヌが端的に語る通り、彼女は「人の上に立つ素質がある」。また、ほたるが語るように「八神さんの周囲への心遣いは苦労してきた人の優しさ」でもある。だからこそ彼女は、ブルーローズでより高みを目指すという選択ではなく、イーグルジャンプに戻りチームを導いていくことを選んだ。
プレイヤーのみならず、リーダーかつ教育者としての意識と能力も併せ持つ彼女は、あまりにも強すぎる。これは余談であるが、僕の本名はコウさんと名前が似ている。それもあって自分はコウさんに惜しみない敬愛の念を抱いているのだが、まだまだ理想には程遠い。
星に手が届かなかった者たちへ
本作全体を通して、「天才たちの苦悩」にフォーカスが当たっていることは、特筆すべきこととして挙げられるだろう。
その天才の代表は、前述の通り八神コウであり、そして主人公・涼風青葉である。また、青葉のライバルである紅葉やほたるも天才の枠にいるキャラクターである。彼女たちはそもそもの時点でイラストレーションの才能が並大抵ではなかったことが伺われるが、天才とは才能だけではなく、それに加えて人並み以上の努力も行うことで初めて天才たり得るのだというのが、本作の基調をなす主張としてある。
8巻で描かれるデストラクションドッジボールのキャラデザコンペでは、青葉・紅葉・ゆんの三つ巴が展開される。
それまでとは違い、無難で保守的な絵を出してしまう青葉、対照的に、会心の出来を打ち出す紅葉に対して、その両者の圧倒的な実力と風格を前にして、ゆんは打ちのめされてしまう。
『NEW GAME!』vol.8, p.37. (C)得能正太郎/芳文社
「良くても悪くてもその場の空気を変えてしまうものが2人はあるが、私にはない」というゆんの告白は、どれほど努力して頑張ってみても届かないものがあるという認識と同一である。この場面は、本作屈指の重たくシビアな場面である。
だが、作者は「星に手が届かなかった者たち」(※1)を決して見捨てなかった。
彼女はディレクターのはじめからアートディレクターに抜擢され、スケジュール管理や外注先とのやり取りなど、バックアップ方面に才能を発揮するようになる。
そのゆんさんの良さが最も出ている挿話が第9巻の#94「アートディレクターの仕事」の挿話で、デザインが気に入ったラスボスのモデリングをやりたいという自身の気持ちを抑え、これからのエースになるかもしれない青葉に仕事を振るという選択をする。
プレイヤーとしてではなく、上司として判断を下し、自身のやりたい気持ちを抑えて大局的に見て最もベストと思われる選択をとる。この挿話は、院生の時に読んだときはあまり何も感じなかったのだが、仕事を始めて2年目というタイミングで何気なく読み返したときには、思わず涙が出てしまうほど深く感じ入ってしまった。自分の置かれている境遇によって、同じ作品でも読み方が変わっていくという好例である。
天才は強い。しかしながら、天才だけでは仕事はうまくいかないというのも真実としてある。
ことゲームに関して言えば、才能溢れるクリエイターだけで作品を完成させることはできない。クリエイターをバックアップするポジションや、資金繰り、広告戦略など、作品をコンテンツとして売り込むために必要な仕事もある。自分はゲーム業界やコンテンツ産業には従事していないよそ者なので、実情が本当にそうなのかはわかっていないのだが、本作では「ゲームを作って売るということがどういうことなのか」がリアリティを持って描かれており、そのリアリティがお仕事ものとしてのクオリティを担保している。ゆんさんは、天才だけでは仕事は成立しないというテーゼの中で重要な立ち位置を担っている存在なのだ。
最終巻である13巻では、ゆんさんが新人用マニュアルを作成していたという話が出てくる。青葉は入社早々コウから参考書を手渡されるのみで放置され、紅葉は専門学校での経験もあることからいきなり仕事を任された。しかしながら、みんながみんな適当に放っておいたらすぐに仕事ができるようになるわけではない(2人をほったらかしにしていたコウさんは、打って変わってたまこには懇切丁寧に基礎からチュートリアルを行っている)。だからこそ、それに従えばある一定のレベルには達することができる(言い方はあまりよくないが、「使いもの」になる)というマニュアルがあることは、何もわからない状態で入ってくる新人にとっても、そしてそのような新人を迎えるチームにとっても、大切なことである。
これは、紅葉が言うように、「丁寧でゆんさんらしい」素晴らしいお仕事だ。
導かれる者から導く者へ
本作の最終話では、FS4の完成から数年後の時間軸が描かれる。
桜咲く4月の時期、イーグルジャンプのもとへ新入社員が入社する。
彼女はクリスティーナ、カトリーヌの妹ソフィーであった。幼き日にプレイしたPECOで青葉を知った彼女は、青葉の背中を追いかけて来日し、イーグルジャンプへの入社を決める。
青葉は彼女に制作中のタイトルを伝える。それは、青葉が初めてメインのキャラデザを務め、ソフィーが青葉を慕うきっかけとなったタイトルの続編、PECO2であった。その上で、青葉はメインキャラデザ兼アートディレクターであり、自身がソフィーの上司であると告げて、物語は締めくくられる。
『NEW GAME!』vol.13, p.116. (C)得能正太郎/芳文社
このシーンは言うまでもなく、第1期第1話の最後のシーン、コウが青葉に今制作しているゲームはFS3と伝える場面と対になっている。
(ここは原作1巻を確認したが存在せず、アニメオリジナルシーンであることを初めて把握した)
最終話において、この8年間を通して青葉は導かれる者から導く者へとなったことを提示して本作は結末を迎えるのである。
本作を一言で総括するとしたら、主人公・青葉が仕事を通して自身の夢を叶える物語とまとめることができる。本作は正しく、そして清々しいまでに、お仕事サクセスストーリーなのだ。
だが、夢を仕事にすることは決して楽しくて嬉しいことだけではないことを、我々はよく知っている。仕事の中で辛く苦しい局面と対峙したことも1度や2度ではなかった(最終巻冒頭の顔も内面もボロボロの青葉は、いつ見てもマジで辛い)。
それでも、この8年間で自信と経験をつけた結果、今は立派な上司としてソフィーに向き合っている青葉の姿に、夢を仕事で叶えていくことの素晴らしさ、尊さを感じずにはいられない。
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※1:「星に手が届かなかった者たち」という表現は、本作の最終話が掲載された『まんがタイムきららキャラット』2021年10月号に寄せられた「完結記念お祝いコメントレター」における、鴻巣覚(こうのす さとり)のメッセージ「選ばれなかった者 星に手が届かなかった者の感情を描いてくれるところが好きです」から拝借させていただいた。