ますたーの研究室

ますたーの研究室

英詩を研究していた大学院生でしたが、社会人になりました。文学・哲学・思想をバックグラウンドに、ポップカルチャーや文学作品などを自由に批評・研究するブログです。

 

ご無沙汰しています。

 

これまで読書記録を月次で上げていましたが、なかなか更新する時間がとれなくなってしまったので、貯めたら不定期に上げる方式に変えたいと思います。

 

・國分功一郎『暇と退屈の倫理学』(新潮社、2011年。新潮文庫、2021年。)

 

 

 

言わずとしれたベストセラーを今さらながら読了した。素晴らしい著作だった。人生に刻まれたまである。

少し前に読んだ『中動態の世界』に比べるとだいぶ読みやすい感じがしたのは、仕事や日常の身近な話題に直結しているテーマだからなのかもしれない。

 

 

暇と退屈を巡って、様々な領域を自由に参照しながら倫理学を立ち上げていく野心的な試み。

 

まず重要なのは「暇」と「退屈」を定義から区別することにある。この2つの概念は日本語的には似通っているように感じられるが、「暇」は英語で「Leisure」なので、つまり「余暇」のことである。かつてのヨーロッパの貴族社会において、余暇は上流階級のみに許された特権的なものであった。庶民はずっと労働で忙しく、かつお金もないので余暇に時間を割くことはできない。そのような状況であったが、やがて資本主義社会が到来し、庶民も時間やお金にゆとりがあると余暇を楽しむことができるようになる。しかしながら人々は余暇の過ごし方がわからない。そこに消費資本主義がつけ込んできて、労働者は平日も休日も資本主義にデザインされる日常を過ごすことになる。

 

一方、「退屈」は「Boredom」のことで、どちらかと言うと人々が内面に感じるもやもやした状態のことを指す。パスカルが端的に言うように、人間は家で何もせずに過ごすことができない生き物であることが全ての悲劇を発生させている。著者は退屈の発生を定住社会の到来に起因するという見立てを打ち出すが、これがなかなかチャレンジングな議論で面白い。

 

 

増補新版で挿入された「傷と運命」の論考が一番よかった。その最後のまとめがなんだか心に残っている。

 

人間は生き延びていく中で、記憶し続ける。つまり傷を負い続ける。だが、その中には、自分だけでは意味を付与できない。つまり消化できない記憶がある。記憶が一人ではうまく消化しきれない理由はさまざまに考えられる。それはその経験が一回性であるからかもしれないし、また、理解者がいないからかもしれない。もし、その記憶の消化を手助けしてくれる者が目の前に現れたなら、人はその人と一緒にいたいと願うのではないだろうか。そして、サリエンシーに対する慣れの作業をコンプリートしていることは考えられないから、ほとんどの人は、自分一人では消化できない記憶を抱え、その作業を手伝ってくれる人を求めている。ならば、人間は、その本性ではなく、その運命に基づいて、他者を求めることになろう。(501-02) 

 

ここを読んでいるときに『FFIX』の「記憶の場所」を思い出したのだが、個人の記憶や特定の人々の記憶がシェアされて蓄積され続けているクリスタルのモチーフに、ここは何か通じるものがあるような気がしている。

 

・千葉雅也『現代思想入門』(講談社、2022年。)

 

これまた大ヒットを飛ばしている千葉雅也の新書。出た当初は「現代思想入門って言っているけどフランス現代思想入門じゃないか」と思ってスルーしていたのだが、改めて読んで思ったところとして、日本で言われている「現代思想」とはフランスの現代思想を一般的に指すので、別に看板に偽りはなかったなというところである。

 

 

本書が本当に偉いと思うのは、千葉雅也がビジネスパーソンと同じ目線に立って現代思想が普通の社会人にとって役立つ場面や要素は何があるんだろうと考えてくれているところで、大学教員や研究者もやっぱり社会人なんだなという素朴な気づきがあった。

その上で、個人的には前半のデリダ・ドゥルーズ・フーコーのまとめよりも、後半に配置されている現代思想の源流をニーチェ・フロイト・マルクスに求めに行くところや、最近の現代思想の展開をまとめてくれているあたりが面白かった。最近ブレイクに改めて向き合いたい気持ちがむくむくと盛り上がってきているのだが、ディオニソス的なものとアポロン的なものの対立を配置して云々しているニーチェの思想はブレイクと通じるところがありそうでだいぶ興味がある。

 

・飲茶『史上最強の哲学入門』(河出書房新社、2010年。文庫版、2015年。)

 

秋~冬にかけては哲学に興味が出てきたのでふと買った一冊。カジュアルな感じがする一方で解説はしっかりしているのがよかった。一方で、なんとなく知っていたことが手際よくまとめられているなという印象もあり、本当に真新しい学びは個人的にはあまりなかった。

 

 

真理、国家、神様、存在という4つのテーマに分けて、各哲学者たちの闘争の歴史としてテーマを深掘りしていく。この建付けは、永井均が『倫理とは何か』で言っていた「哲学は答えを提示するよりも問いを提示する方がはるかに重要」という指摘を思い出させる。先人の哲学を継承しつつも、批判を通して問いを深化させていくことで人間の真理はより発展していく。

個人的にはプラトンがイデア論を唱えていた一方で、その弟子のアリストテレスがイデアとか一旦置いといて実際にあるものの比較を通して本質理解を進めていこうぜって提示してそれが博物学につながっていきました、という見立てがアツくてよかった。だからアリストテレスが万学の祖と言われるんだな。

 

・オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界[新訳版]』(早川書房、2017年。)

 

言わずと知れたディストピア文学の祖の一つ。オーウェルの『一九八四年』と並ぶ重要な古典の双璧。

「古典」と書いたが、今読んでも普通にめちゃくちゃ面白い。全然古い感じがせず、最近の小説のような感じで読めた。

 

 

人々の出生すら管理されている管理社会となった文明世界の描写。出生の管理以外のところは、もう結構現代と様相がそんなに変わらなくない?という文明世界が表出されている。もと文明社会の人間だったが、ひょんなことで野蛮な世界に取り残されてしまった女性から生まれた「野人」ジョンの視点から文明世界が捉えられる。ジョンはずっと文明社会をユートピアとして憧れていたが、生活を続けていく中で次第にユートピアなんかではないことを実感していき、絶望する。

 

 

本作に初めて向き合ったときに一番学びがあったのは、シェイクスピアをばかばか引用しているというところで、しかも野人のジョンが一番シェイクスピアに詳しいというセッティングが面白い。野人であるはずのジョンが一番文明を知っているという転倒が面白いのと、大切なことは全てシェイクスピアが書いているんです、と言いたいばかりのイギリス人の文化意識というか文学観というかが明確に打ち出されていて、非常に学びがあった。やはりシェイクスピアは避けては通れないのだなと。