ザ・ホエール | にしくんの映画感想図書館

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作品レビューについては基本的にネタバレ有でなおかつ個人的な感想です。

宜しくお願いします!

★★★★★★★★☆☆

監督  ダーレン・アロノフスキー

出演  ブレンダン・フレイザー  ホン・チャウ

PG12

 

打ち上げられた鯨が、最後の力を振り絞って海に還る

 

40代のチャーリーはボーイフレンドのアランを亡くして以来、過食と引きこもり生活を続けたせいで健康を損なってしまう。アランの妹で看護師のリズに助けてもらいながら、オンライン授業の講師として生計を立てているが、心不全の症状が悪化しても病院へ行くことを拒否し続けていた。自身の死期が近いことを悟った彼は、8年前にアランと暮らすために家庭を捨ててから疎遠になっていた娘エリーに会いに行くが、彼女は学校生活や家庭に多くの問題を抱えていた。

 

第95回アカデミー賞主演男優賞受賞作品。監督は『レスラー』のダーレン・アロノフスキー。出演は本作の演技で主演男優賞を受賞したブレンダン・フレイザー、助演女優賞にノミネートされたホン・チャウ。

 

ダーレン・アロノフスキー監督作品はいつだって俳優陣の見事な演技に支えられてきた。『レスラー』ではミッキー・ロークの素晴らしい演技を引き出し、彼の俳優人生を見事に好転させた。『ブラック・スワン』ではナタリー・ポートマンが鬼気迫る演技を見せ、彼女はアカデミー賞主演女優賞を受賞した。そして本作では、キャリアが沈んでいたブレンダン・フレイザーの見事な演技を引き出し、彼はアカデミー賞主演男優賞を受賞。

 

本作でブレンダン・フレイザーが演じるのは体重272キロの肥満症の男。男は自分の死期が近いことを悟っており、8年前にボーイフレンドのために家族を捨てたことで疎遠になっていた娘に会うことを決意する。体重272キロの男、チャーリーは自分のチカラでは歩くことも出来ず、醜く太ったその身体は、まさに陸に打ち上げられた鯨のようだ。

 

タイトルが『ザ・ホエール』ということで、まさに「鯨」のことなのだが、チャーリーがエッセイの講師をしているだけあって、「白鯨」を語ったエッセイを彼は発作の度に、心を落ち着かせるために口にしている。このエッセイは誰が書いたのかは、物語の大きなポイントなる。

 

この映画に登場するキャラクターは数少ないが全員が何かしら暗い想いを抱えている。チャーリーを介抱するリズは「人は誰かを救うことなんてできない」と言う。リズの状況は実際にそうだ。兄であるアランは死に、友であるチャーリーも死のうとしている。しかし、自分の意図しないところで誰かを救うことがあるのも、また事実だ。

 

チャーリーが心を落ち着かせるために口にしているエッセイは、かつて娘エリーが「白鯨」を読んで書いたものだ。チャーリーはエリーが書いたそのエッセイを心の支えにしていた。そのエッセイは教師から「不可」とされてしまったが、チャーリーにとっては何にも代えがたい言葉だ。自分にとって大切なものでも、他の人にとっては取るに足らないものかもしれない。その逆も然りだ。

 

娘がそのエッセイを読む中、チャーリーは自らの足で立ち、娘の元へ歩いていく。打ち上げられて、腐っていくしかなかった鯨が、自らの力で海に還ったのだ。肥満症と言う、世間的には醜い姿になりながら、それでも娘のためにお金を残そうとし、娘との絆を取り戻そうとした男の生き様は強烈だ。

 

それもやはりブレンダン・フレイザーの迫真の演技があってこそ。『ハムナプトラ』や『センター・オブ・ジ・アース』などアドベンチャー映画での活躍を知っているからこそ、今の彼の姿には驚きだし、彼のキャリアが下降線を辿る経緯を考えると、やはりこの役は彼にしか演じられなかっただろう。そういった意味では『レスラー』の時のミッキー・ロークに近いものがある。まぁ作品自体かなり『レスラー』との共通点も多くて、そう見えるのかもしれないが。

 

肥満症の男の最後の数日。その男を、ブレンダン・フレイザーが迫真の演技で見せる。悲しくて、切ない作品だが、映画として非常に面白い作品だ。