こんにちは、kesuですニコニコ

 

私の親はもう二人ともこの世にはいません。

 

今日は、ふと

私は親をしあわせにできなかったという後悔があることに気づきました。

 

ほんとに幸せにしてあげたかったなぁ

って、しみじみ思ったんです。

 

親孝行できなかった後悔とか

育ててもらった恩返しができなかったとか

ともちょっと違うんです。

 

 

生まれたときに私は

母を

”しあわせにしたい”って思ったんです。

赤ちゃんですけど、、責務のような感じ。

母親がいないと生きていけないような赤ちゃんでしたけどね。

 

”産んでくれてありがとう”って

”このひとを笑顔にしなくちゃ”って。

なんとなくですけど、生まれたときの記憶。

 

愛してくれたとか、なにしてくれたとかでなくて

産んでくれた時点で大好きだったんですよね。

 

 

私は子供を産んだことはないけれど、

 

出産のとき、

親は子に

”生まれてきてくれてありがとう”

”この子を幸せにしなくちゃ”

って思いますよね?

 

同じように

赤ちゃんも生まれるとき

お母さんに

”産んでくれてありがとう”

”このひとを幸せにしなくちゃ”

って思うんですね。

(これは私がそうだったことを思い出したということです)

 

でも私は

賢くなく、超どんくさくて

いくら頑張っても親の思うように動けず

怒られはするけど褒められたことは一度もなくて。

さぞ残念に思っているんだろうなって

いつも申し訳なく思っていて、、

 

”こんな私でごめんなさい”

”お姉ちゃんのようにできなくてごめんなさい”

”みんなについていけなくてごめんなさい”

 

いつも感じてた

罪悪感とか

自己否定とか

変わらなきゃという焦りとか

周りと較べて焦ったりすることは

 

根底に

母に対する自責の思い。

 

わたしの自信のなさは

自分が愛されなかったという自信のなさ

というより

自分が親を、母を幸せにできなかったという自信のなさ。

 

そんな後悔をしているんだと

気づいた昨日の夜でした。

秋分の日だったヨお月様

 

お母さんの幸せな顔

見たかったなぁ

あ、ごめん お父さんも爆  笑

 

子供って、

お母さんに何をしてもらったかよりも

 

お母さんが幸せなのがなによりも嬉しくて喜びで

お母さんが幸せにしていることが幸せニコニコ

 

お母さんと会える時間が少なかったとしても

お母さんの幸せな笑顔が見れるだけで幸せドキドキ

 

そして

それが子供の自信になるんだと思うんです。

 

ではでは。