小学校教師であり父親でもある方が、自分の息子の受験勉強に苦労した体験談を読んだ。
「勉強しなさい」「ちゃんとやりなさい」
――教えるプロでも、わが子となると感情が先に出てしまう。
よくある話ではあるが、思わずうなずいてしまった。
うちも似たようなものだった。
家の中にはゲームや漫画もあり、気を抜けばすぐ別のことに気が向く。
いくら「集中しろ」と言っても、たしかに無理がある。
本来、家はくつろぐ場所であり、そのように設計されている。
印象に残ったのは、「集中力は本人の根性ではなく、環境によって引き出される」という考え方だ。
学校や塾ではそれなりにやるのに、家だとダラダラする。
そこで、その方は思い切って場所を変え、喫茶店で勉強させるようにしたという。
周囲の目があることで自然と背筋が伸び、親の方も怒鳴ることはない。
さらに、時間を細かく区切ってメニュー化することで、集中を持続させた。
やっていること自体は特別なことではない。
ポイントは「子どもを変えようとするのではなく、環境を変えた」ことにある。
受験をしていると、「もっと集中して」「なぜできないの」と子どもにベクトルが向きがちになる。
だが実際には、親ができることはそれほど多くない。
むしろ現実的なのは、「どうすれば自然とやる状態になるか」を考えることではないか。
これは前回紹介した、米国エリート大学の研究とも重なる。
人は意志の力だけで変わるわけではなく、置かれた環境の中で「当たり前の基準」が変わっていく。
静かな場所に行く、時間を区切る、周囲の目を使う。
そうした小さな工夫の積み重ねが、結果として集中力の差になる。
受験は子ども一人の戦いに見えるが、実際には「環境設計」の勝負の面も大きい。
できないことを責めるより、できる状態をどう作るか。
その視点に立てると、親子ともに消耗の仕方はかなり変わるはずだ。