子どもの受験を経験する多くの家庭で起きることがある。

気づくと、家の空気まで受験中心になっていく。

あれやった?これやってる?どこまで終わった?

食事中も勉強の話。
 

寝る前も予定の確認。

親が塾講師兼マネージャーになっていく。

ただ、これは必ずしも親が異常に教育熱心だから、という話でもない。

現実問題として、受験の勉強量は、塾だけで完結しない。

教室で先生の話を聞いて「ふんふん、なるほど」と思っただけでは、残念ながら身につかない。
(次の日には7割忘れる。さらにその次にはもっと忘れていく)

復習して、解き直して、自分のものにする。
地道に繰り返すことで初めて点になる。

だから家庭学習が欠かせない。

サピでも早稲アカでも、鉄緑会なども、結局は似た構造にある。

塾は「きっかけ」や「材料」を与える場所であって、実際に身につける作業は家庭側に降りてくる。

だから親も放っておけなくなる。

しかし、ここで難しい問題が出てくる。

子どもから見ると、塾で管理され、家でも管理され、ずっと勉強の空気が続く。

当然、息が詰まる。

ゲーム、YouTube、漫画、ボーッとする。
こうした「脳の避難行動」も必然的に出てくる。

大人でも、会社から帰宅してまで上司にタスク管理されたらたまったものではない。

では、家で親は一切口を出さないほうがいいのか、というとそれも違う。

(本当はそれが理想なのかもしれないが…)

小学生男子など、放っておくと、永遠に勉強に向かわない。

だから親は悩む。

支えなければ回らないし、管理しすぎれば壊れる。

正解はない。

「勉強しなさい」と言いすぎて自己嫌悪になる日もあった。

逆に放置して「もっと見ておけばよかった」と後悔する日もあった。

そして子どもにも個性がある。

管理されたほうが伸びる子もいれば、自由度が高いほうが伸びるもいる。

だから同じやり方が通用しない。

結局のところ「その子に合わせて調整していく」しかない。

受験は、学力だけの勝負に見えるが、実際には、家庭の空気や距離感の調整ゲームみたいな部分もある。

そして親は、多くの場合、迷いながらやっている。