受験が終わった直後は、「ここから6年間、どうなるんだろう」と思っていたが、気がつけば、中学3年間は驚くほど自然に過ぎていった。
高校受験がない。
これが思っていた以上に大きい。
もちろん定期試験はあるし、成績の話もある。
学校の課題もそれなりに多い。
しかし、公立中でよく聞くような「内申」「受験校」「説明会」という空気が、日常にほとんど存在しない。
親の感覚としては、子どもの受験直前のあの異様な緊張状態から、一気に空気が抜けた感じに近い。
あの頃は、
「あと何ページ?」
「復習終わった?」
「明日のテスト範囲は?」
と、家の中が常に戦闘モードだった。
今思うと、親のほうもかなり追い込まれていた。
しかし、子どもな中高一貫校に入ると、不思議なくらい時間の流れが変わった。
中学時代の息子は、良くも悪くも、ずいぶんまったりしていた。
部活をやり、友達と遊び、ゲームをし、たまに勉強する。
拍子抜けするくらい、普通の中学生男子だった。
「せっかく受験して入ったのだから、もっと勉強するのでは?」と思っていた時期もある。
受験後しばらくは「燃え尽きたのか?」と思うほど勉強しない子も多い。
むしろ、そこまで数年間走り続けてきたのだから、ある意味当然なのかもしれない。
ただ、面白いのは、完全に何も残っていないわけではないこと。
「やればある程度できる」という感覚は残っているように見える。
受験勉強というのは、知識そのものより、「積み上げる感覚」を身体に残すのかもしれない。
そして親のほうも、少し変わる。
受験期は、「このままで大丈夫か」と常に焦っていた。
しかし、中高一貫校の生活が数年続くと、だんだん「長距離走なんだな」という感覚になる。
高校受験がないからこそ、「今この瞬間の偏差値」ですべてが決まる感じがない。
もちろん、その空気に安心しすぎると、本当にずっとまったりしてしまう危険がある。
実際、高2くらいになると、少しずつ「そろそろ現実を見るか…」という空気も出始める。
大学受験が見えてくる。
ただ、想像していたほど「ずっと緊張感のある6年間」ではなかった。
むしろ、かなり普通の日常。
親として強く感じるのは、中高一貫校の価値は、「先取り学習」だけではないということ。
高校受験がないことで、子どもも親も、一度呼吸を整えられる。
中学受験の頃は、「止まったら終わる」みたいな感覚だった。
あの数年間を思い返すと、この「少し長めの助走期間」は、案外ぜいたくなことかもしれない。