子どもが入試が難しい学校に合格できた理由としてはいろいろ考えられますが、決め手を特定することは難しいと感じます。

難関校の受験生は、一部を除き、誰が受かってもおかしくないようなところがあります。

 

非常に実力が接近した中での競った戦い。

入試をやり直せば、合格者の半数くらいは入れ替わるような気がします。

たまたま得意な分野の問題が出た

直前に似た問題を解いていた

いつもやらかすケアレスミスがなかった


ボーダー付近では1、2点の重みがとても大きくなります。

合格点以上の点数がとればいい、という極めてシンプルな目標に対し、そこに至る道はとても困難を伴うものがありました。

いくら才能に恵まれていても、やらなければ意味がありません。

能力があっても「努力量」がなければどうにもなりません。

どんなに大きな数でもゼロをかければゼロ、というのと似ているかもしれません。

能力(素質)を可視化するのは困難だと思いますが、「努力量」は目に見えます。

1日のうち使える時間は誰でもほぼ同じ(睡眠時間を削れば他の人よりも使える時間をねん出できますが、健康を削る代償は大きくサステナブルではないと思います)。

要すれば時間の使い方、「質」の勝負。

中学受験のように、範囲が非常に広く膨大なだけでなく、ある程度深くまで理解することが求められるのできつくなります。

効率よく楽に進む方法は見つけられませんでした。

どうしたら「やろう」と思えるようになるか、あるいは、そう思わなくても身体が勝手に動くようになるか。 

自分で考えてできるのが理想ではあります。

 

親は環境を整えたり、サポートすることはできますが、最後は本人。