息子の中学受験に伴走した3年間、何をやっていたのかというと、毎日、子どもが問題を解き、丸付けをし、解き直しをするのに付き合っていました。
難関中受験に向けて何か特別な勉強法というものはなく、丸付けと解き直しをひたすら繰り返す日々。
〇×をつけて点数に一喜一憂。
×だった問題は解き直しをしたがらず、机から離れました。
特に苦手科目は解き直しが進みませんでした。
「間違えるのは全く悪いことではない」
「むしろ改善点がわかるので有難いこと」
「頑張った証し」
「今直せば次から間違えなくなる」
「将来の可能性、チャンスになる」
…
何回、同じ話をしたかわかりません。
×に対するネガティブな感情はなかなか消えませんでした。
不正解の×(バツ)は、「罰」ではありません。
「ここは確認しておいた方がいい」という印。
積極的に向き合って、なぜ間違えたのかを分析し直さないと全く意味がありません。
息子の場合、チャレンジした問題が「できること」、ゲームのように「クリアすること」が大きなモチベーションになっていました。
のめり込むとどこまでも進んで行きましたが、苦戦するとそこでゲームオーバーになるような感覚…。
これでは成長や進歩は望めません。
特に苦手な科目については、「いつまで経ってもできない」と感じ、さらなるモチベーションの低下を招いていたと思います。
冷静になって自分自身をふり返り、
「ここまでは自分の考えで合っていたけど、ここで間違えたんだな」とか
「ここに気づかず、見当違いの方向にいってしまった」
というように、思考の流れを一つ一つ点検できなければ解き直しの意味がありません。
「いったいどれだけ時間かかるんだ……」と思いながら、問題とにらめっこして時間だけが過ぎていく…。
「自分は出来ない」と思い込んでしまった科目は、そんな感じだったと思います。
難しければその問題はいったん棚上げにしたり、別の問題に取り組んだり、諦めることも必要。
完全な手詰まり状態なのか、少し手応えを感じているのかをみて、手ごたえがありそうなときには、多少時間がかかっても最後まで考えさせるようにしました。
解き直して正解に辿り着いたか、○にできたかはさほど重要でないと思います。
解き直しをする過程でどんな発見があったのか、自分に何が足りなかったのかを洗い出すことができれば、それが成果だと思います。
昨日紹介した、灘で50年間教え続けた伝説の国語教師・橋本武氏は、「子供たちは、自分で体感し発見したことだから、自然と興味をもち、楽しみながら学んだ。遊びの感覚でやるから楽しい。“遊ぶ”と“学ぶ”は同じこと。」
と言っています。
間違えたことをポジティブにとらえて、「楽しくなるような」解き直しができればそれが理想だと思います。