ソブリンリスクが囁かれ消えない現在ですが、日本人にとっても国の国債発行額やら、それに関して増税やら色々な問題があって、国に対する不信感は拭えません。

いわゆる先進国だけではなく、中国はバブルだとか、シンガポールもナショナリズムによる政治不安だとか、発展途上国をみても盤石な所は見当たらない。

国に対する不信感は至る所に広がっているわけですが、これもネットをインフラとした世界の新たな現象なのかなと。。。

ヒトラーを代表とする「統治機構によるマス・メディアを活用した世論操作の20世紀」と捉えると、「万人に開かれた情報過多のインターネット社会」が21世紀でしょうか? 山あり谷あり・・・

どの国に行っても、もはや国は守ってくれる存在ではなくなりました。


石器時代には、村を基準としたコミュニティーは生活の中で頼れる存在であったはずです。

そのコミュニティーが発展するに従い発生した国という単位が、これほど儚い存在だったとは・・・

終身雇用の発達とともに20世紀後半の日本は企業が個人の生活を支える基盤になっていました。 それもあっという間に壊れたのが現在。。 世界的にも人々は安定を探しています。


生活の安定を求める人間が求めたのは、人間の寿命を超えた国という安定した存在。 でも情報技術が発達し物事を多面的にみる事が出来るようになった結果、社会保障も含めて国は安定を提供できないのがハッキリしてきたわけですから、人間は改めて安定を探さねばならない。 ところが、安定と言う物自体がそもそも存在しないのではないか?

絶対的な安定が望めない以上、相対的な安定を探すのか・・・

はたまた、客観的な安定が無い以上、主観的な安定を探すのか・・・

選択肢の広い世界であり、機会が多いと思うとポジティブにもなれ、安定しないと思うとネガティブにもなれ、それじゃそもそも自分の第一願望って何なんだろうなと。。。 そして国とはそもそも何なんだろうなと。。。