23週と4日、510gほどで生まれた、超低出生体重児の娘は、生まれてすぐから挿管チューブが入っており、普通の妊娠環境とは全く違った厳しい環境で胎児の時間を過ごした。



その為、健常時とは違って弱い部分がたくさんある。


娘は年長の初めの頃まで飲み込みが下手で、硬いお肉や、歯応えがあり、繊維の残る野菜は飲み込まずに口の中に溜め込んでしまっていた。


修正5ヶ月過ぎた頃から離乳食を始めて、段々とステップアップしていく中で、繊維が残る物、ザラザラしたもの、溶けない野菜や肉をペッと吐き出すようになった。



その頃よく好き嫌いなくもぐもぐたくさん食べる赤ちゃんのインスタを見て、あぁ、いいなぁ、、ご飯の作り甲斐があるなぁ〜!お母さん羨ましいなぁ〜!と、見ても意味のないような他人のリール動画と我が家の風景を比べて、何度もこんな風に食べてくれたらなぁ〜と思ったりした。



今思い返すと当時の娘はばちくそに可愛く、まだ何も理解していない可愛いの塊だった。

その時の私は、可愛い塊を前にして、食事の何が悪いのかわからず悩み、調べ、本を漁り、実践するも上手くいかず、、1人思い悩む日々を過ごしていた。


それもそうだ。

本に載ってる食べ物を私の娘が食べるなんてどこにも書いてない。


ましてや、私の娘の好きな食べ物が分かる人間なんてどこにもいない。

娘博士娘専門家の私が分からないのだ、当の本人も食べたい物なんて分からない。


大人でさえ嫌いな物を食べようと思わないんだから、子ども、というか、赤ちゃんなんて尚更。

食べた経験もまだ重ね始めたばかり。

発達段階と食べ物が合ってないのかもしれない。


それなら無理に進める意味もなかろう!

本人の様子を伺いながらだ!!

ゆっくりスロースピードで進めて行き、娘が食べれる物で、栄養があって、美味しい食べ物をと考えた。


なんでもやった。色々試した。


色々試して娘は麺類に行き着いた。

お野菜たっぷりのニンジン、たまねぎ、ほうれん草、えのき、かぼちゃ、(みじん切り)などの野菜を入れた卵とじのうどんは何回作ったかわからない。


途中から私の何かが吹っ切れて、1歳半過ぎた頃から3歳頃まで栄養は別で摂れれば良いということにして(フォローアップミルク)

食事は美味しく!楽しく!食べる体験を重ねる!!という事に終始しよう!!!

という考えに至った。なので、食事の種類より食事の楽しさ質にこだわった。



夫はそれに少し難色を見せたが、もはやその境地に私は居なかった。



お喋りや言葉を理解できない間は、食べ方もお行儀も後回しで、手掴み食べ万歳、1人で食べる事が素晴らしい!楽しく、美味しく、一緒にわははと楽しく食べた。それはハイハインでも蒸しパンでも何でもよくて、その時期の発達に合った娘が食べれる物を食べた。


そのおかげか、3歳を過ぎた頃から好き嫌いがありながらも、色んな野菜や食べ物にも挑戦するマインドが育った!


お箸も最近6歳を目前にしてやっとこさ上手に持てるようになったが、長く長くのんびりやってきたので、箸の待ち方がとても綺麗だ。


飲み込みはたくさん口に頬張ろうとする癖があるので、小さく少しずつ食べるようにしている。

今でもエノキだけは小さく切って出している。長いと飲み込めずにオエっとなるので。


4歳を過ぎると理解力が深まり、食べ物に関心が出てくると、キュウリやトマト、もやし、ねぎ、ブロッコリー等の繊維が残る野菜も食べれるようになった。

また、5歳の後半、アデノイド手術をしてからというもの、飲み込みと、食事量がぐんぐん増えた。


発達だけではなく、身体的な部分でも飲み込みにくさがあったのだろうなと最近になり娘の苦労に気付いたりした。



食事は無理強いしてはいけない。

そうつくづく思う。楽しく、美味しく。なのだ。

昨今、摂食障害や人と食事が摂れない子どもや大人達の話を目にすると、とてもやり切れなくなる。

食卓は暖かく幸せであってほしい。


食事は命を、作るから。


食べれる物でもいい。好きな物でもいい。楽しく、美味しく、嬉しい気持ちが溢れた食事の時間を子ども達が送れているといいなといつも思う。