行ってきましたよ、大阪まで。

能狂言「日出処の天子」のために。

 

で、私は素人のため、いわゆる「能」や「狂言」と、

今回の「能狂言」と一息?に言っているものとの違いがよくわかりません。

 

まあ、それはそれで、ってことで。

 

一応解説しておきますと、山岸凉子先生の名作まんがを舞台化したものです。

少女まんがの代表作のひとつなのですが、

メディア化されるのはこの能が初めて。

そりゃ、ファンはびっくりしますよ。

 

まずはパンフレットがすごい。

原案台本というのが載っているのですが、

原作まんがのカットもたくさん載っていてわかりやすい。

 

解説も多くあり、舞台化する上での工夫も伝わってくる。

 

がっ!!

「ご観能の際には大きく変更になっている箇所もございます」とあったが、

ほんとに大きく変更されていた。

いや、マジで。

とりあげているエピソードが全然違うわ。

 

そりゃ、原作は長編だし、どのエピソードを使うか、

きっとぎりぎりまで迷いながら作っていたのでしょう。

そういう苦労もしのばれてこれはこれで面白い。

 

実際の公演では、前半で厩戸王子と、毛人(えみし)がお互い惹かれ合う流れが

もっと欲しかったかなあ。

あと、王子と母との確執も。

 

これらが後半につながっていくわけだし。

 

で、意外にものちに大王となる泊瀬部(はつせべ)が大活躍。

準主役かと思うくらい。

権力だけはある小心者、というのがちょっとコミカルに描かれ、

このシリアスな作品で、いい味付けになっていると思う。

 

刀自古は出番少ない。これも意外だった。

 

あと、疫神や仏が出てくるシーンが良い。

この世の者と、あの世の者が違和感なく同じ場所に存在する、

というのは舞台ならではだろう。

 

映像でも表現できるんだろうけど、こういうのは舞台のほうが自然なのだなあ。

 

シンプルなセットもうまく生きたというか。

同じ場所が、あるときは宮廷内部で、あるときは王子の部屋で、

またあるときは外になる。

 

いろんなモノや事の境目があいまいになる感じが、

人と人以外のモノが共存するという展開も、

すんなり受け入れられることにつながる。

 

ラストの王子と毛人の別れは、ほぼ原作通りの展開に。

パンフの解説では「解釈や装飾はそぎ落とした」とあります。

 

それでいいと思います。

あの別れの意味を正確に読み取っている読者は少ないでしょう。

 

毛人が王子に言う

「わたしを愛しているといいながら その実それは……

あなた自身を愛しているのです

その想いから抜け出さぬかぎり 

人は孤独から逃れられぬのです」

 

この言葉の真の意味は、やっぱりまだわからないなあ。

 

そしてこの悲しい場面、

やっぱり実際に三次元で観るとつらさ倍増というか。

まんがで読んだときとはまた違う、

自分が今いる場所で、そんな悲しいこと言われちゃうとさあ……。

 

あの有名な?地割れシーンもあったよ。

 

あと、もちろん野村萬斎さんは王子のイメージぴったり。

クールでもあり、可愛くもあり、そして孤独。

 

もちろん、みなさんとてもよかったのですが、

萬斎さんがいてこその企画だったなあと。

 

そして、また東京での再演が決まったそうで。おめでたい。

また内容は変わるのでしょうか。

それならそれで観てみたいなあ。

 

お客さんは、私と同じように原作ファンで、能は初めて、

という感じの方が多かった印象。

グッズ売り場は列をなしてたし。

私もパンフとしおりを買いました。

もったいなくて使えないけど。

 

こうやって舞台などいろんな形で表現されることで、

ファンとしても新しい世界が広がるし、

原作を読もうと思ってくれる人が増えたらうれしいなあ。

 

 

ついでに。

関係があるようでない話です。はい、ないです。

 

X(旧Twitter)では

なんかまた「ベルサイユのばら」で、

テレビアニメ版(通称アニばら)とアニメ映画版(ムビばら)との

違いで揉めていますね。

 

定期的に起きますね、この問題。ある意味、風物詩か。

私も以前ブログに書きました。

ベルサイユのばら 映画版とテレビ版で、ケンカはやめて~とは思うけれど | のろのろ読書

 

今もこのときと感想は変わっていないのですが、

新たに思ったことを少々追加。

 

たぶん、テレビアニメ版だけ観た人は、

原作とかなり違うということを知らないのでしょう。

 

そりゃ、わざわざ原作読まないよね。違うなんて思いもしないなら。

アニメだけでいいや、と思うのは別に不思議ではない。

(原作も読んだうえで、アニばらのほうが好きならそれはそれでOK。

それは好みの問題で、優劣とか関係なし)

 

そういうことは、ほかの有名な作品でも起こることでもある。

実際、他の有名な作品もツイッタランドで燃えていました。

 

私だって、メディア化されたものだけ観て(アニメでも実写でも同じ)

原作を全然知らないものは多くあります。

 

原作を読むかどうかはもちろん個人の自由です。

 

だが、自分が知っているのはメディア化されたものだけである、

それは原作とは違う部分も少なくないのだろう、

という認識は必要だよね。

 

今回のベルばら論争?のなかで見た、ある人の投稿。

その人は、ベルばらは見てないけれど、あるまんがの大ファンだそうな。

そのまんがはかつてアニメ化され、そちらも有名。

 

でもやっぱり原作とかなり違うらしい。

自分としてはそれが残念、そして同じようなことがベルばらでも起きているのですね、と。

 

また新しく作ってほしいなあ、原作の核を活かしたものであってほしいなあ、

といったことも書かれていました。意訳ですが。

 

う~~ん。切ないなあ。

メディア化につきものの話ですね。

 

メディア化って基本的にはいいことだと思いますが、

すごく恐ろしいことでもある。

 

原作ファンのなかには、自分が大切にしているものを

ある日突然壊され、踏みにじられた、と思う人も少なくない。

 

だからメディア化なんかするな、とか

原作通りにやれ、ということではなく、

恐ろしさを忘れないで作ってほしいなあ。