クレーム・デヴィのインド奮闘記

クレーム・デヴィのインド奮闘記

1995年から南インドのケララ州に住み、旅行会社を営んでいます。
旅人の目には魅惑の国インドも、住んでみると大変なことの連続です。
しかし、愛するファミリーが住む国、ここで骨を埋める覚悟で、
インドの良い面、悪い面を紹介していきます。

*私がいない間に・・・*

 

2020年、インドで最初にコロナの感染者が確認されたのはケララ州だった。それも教育水準の高いケララ州、特に医療関係者の海外進出がが多いためインド初のコロナ患者は、武漢から帰省した医学部学生3人だった。まだインドの他の州でどこも報告されていない時に、寄りにも寄って田舎のケララ州がコロナ感染のスタートを切った。

 

その後、海外出稼ぎや移住者がインドで一番多いのもケララ州、クリスチャンがインドで一番多い州でもあるので、医療関係者の海外の進出も多い。特にイギリス、ドイツ、イタリアが多い。ゆえに2つ目の感染者はイタリアから休暇で帰省したfamilyだった。それから湾岸の出稼ぎ労働者の帰省が相次ぎ、ケララ政府は州民を守るために湾岸に沢山のチャーター便を飛ばした。この対応は素晴らしかった。

 

初期の頃、ケララ政府のコロナとのタックル振りは素晴らしくて、インドのこんな田舎の小さな州が世界中から絶賛されて、Health MinisterはBBCでも2回インタヴューを受けたほどだった。だが、州民のためと良かれと思って実施した湾岸の出稼ぎ労働者の帰省処置、州外からの働きに来てる労働者のケアが追って裏目に出始めたのが9月頃であった。9月末は1日の新しい感染者が12000人に達した事もあった。が、1日のPCRの検査数も半端じゃなので、それを思えば、他の検査をあまりしていない州に比べれば逆に誠実な取り組みである。政治色豊かな州は感染者の数の隠蔽が多い。

 

そんな中で10月末、私は感染拡大が続くインドから逃げると言うより、2月の帰省時から日本の大学に帰れなくなっていた娘と、同じ2ヵ月毎に東京の支店に出向いて仕事をせねばならない主人のビジネスも滞っていたので、いっそのこと一時期日本へ久しぶりの長期休暇と思って帰国した。10/27デリー発のJALのチャーター便だった。

 

当初1ヵ月の予定で、愛犬5匹を泣く泣く住み込みのメイドさんに託して帰国したものの、娘や主人の仕事がなかなか終わらずとうとう年も越してまるまる3か月の日本滞在になってしまっていた。そろそろ娘の大学の卒業も近付き、主人の仕事のめども付き始めたので、3月14日にJALで帰国する運びとなった。そこで、3ヵ月日本の快適な生活にどっぷり浸っていた私はインドの状況などどこ吹く風であったので、ここ1週間くらいケララの友人たちに連絡取ってケララのコロナ情報を聞いたら、なんといつの間にか感染者数ではインドで一番になってしまっているではないか!!!ショックである。

 

いったいこの3ヵ月の間にケララで何が起こったのか!!!あれだけ世界で絶賛されていた我が第二の故郷ケララ州、どうしちゃったんだろうか・・・・帰国がカウントダウンに入り始めた現在、感染者がインドで一番多い所に帰るのが怖い!と言う気持ちは隠しきれない・・・・だが、愛犬の為に帰るよ!!!

 

下記のリンクは、インドのコロナ感染状況が良く分かるリンクであるが、地図で行くとケララ州でも私の住んでるコーチン市が一番真っ赤化の状態である。日本も怖いがケララも怖い!あとなぜケララがインドで一番になったかを解説するニュースを貼って置く。映像見てると日本に比べて市民が言う事を聞かない・・・これは民度の問題だ。やはりインドは、まだまだだ…ため息・・・

 

www.covid19india.org

 

 

 

*デリーから羽田へ、インド脱出の旅②
 流石日本だと思った事*
10/27,コーチンからデリーへの国内線、indiGoで散々な目にあってたので、デリー発のJALのチャータ便のサービスは、この状況にも関わらず完璧であった。食事も美味しかったし、通常の国際線と同じくお酒もサーブされた。私も緊張が続いていたので赤ワインを1ボトル頼んで少しリラックス。スチュワーデスも防護服は着ていなかったがマスクと眼鏡は掛けていた。目と鼻を守ればそれで十分かも…と思った。そしてインド国内線のトイレが飛行機の中のトイレと思えないくらい汚かったので、JALのトイレが綺麗で綺麗で、掃除が完璧なのには驚いたし、その上なんと飛行機のトイレでウォシュレットであった。コロナの時代だけに飛行機の中の清潔さを見ても日本人の衛生観念のクオリティの高さが感染拡大を防いでると実感する。
羽田到着後、抗体検査に3時間もかかったが、システマチックなやり方は流石日本だった。
まず羽田到着後、かなり隔離された所に案内されて、説明があり、検疫は、4ステップ、4つの部屋で行われた。
1.最初に案内された部屋で機内で渡された書類の記入確認
2,その後次の部屋に案内され、唾液検査
3,次の部屋に移動して、最初の部屋で記入させられた書類を持って1人1人問診
4、問診が終わると検査結果待ちの部屋へ。この部屋では電光掲示板に自分の検体番号が表示されたら陰性、なかったら陽性で、政府の特別機関で隔離だそうで、この部屋が1番嫌だった。
私達は無事番号が出たので、その証明書を貰って入国審査、6:30amに到着して、3時間後の9:30pm、やっと外に出れた。
ただ、検疫は羽田空港の中を延々と歩かされた事、途中にあるトイレは黄色のテープを張って全て封鎖されていて、到着後トイレに行きたくとも行けなかったのは大変だったが、検疫を行うスタッフ達のテキパキとして丁寧な仕事ぶりには、日本人の国民性の良さを改めて感心した。JALのスタッフも、検疫に携わる方々にも、このコロナの時期にも関わらず、完璧なサービスには賞賛したいし、感染の危険性もあるだろうに頭の下がる思いで、感謝せずぬはおられない。
ただ最後に、先に10/8に日本に行った主人(インド人)は搭乗の72時間前にPCR検査を義務ずけられていたのでPCRをして搭乗したが、日本国籍の日本人である私と娘はJALからPCRは要らないとの連絡が来た。メールには搭乗時発熱や症状のある方は搭乗を御断るする場合もあるとは書かれていたものの、コロナは潜伏期が長く、無症状の人も多いのはもう立証済である。ゆえに私と娘は必要ないと言われても、私達は72時間前にPCRをして、慢性鼻炎のある娘と過敏性大腸炎でストレスで急に下痢をする私は主治医からコロナの症状ではないと書かれた診断書も持参した。JALのチャーター便でできるだけ多くの日本人を母国へ連れて帰るのが目的であるのも分かるが
感染者がいれば飛行機の中は温床になるのもドイツのリサーチで証明されている。
 
現に14日間隔離措置をしていた主人の所に主人の隣の隣の席にいた人が14日間の隔離措置の間に発病したので大丈夫か・・・との問い合わせがあった。冷や汗もんである。私が乗ったJALも隣の席の日本人男性はPCRしていない訳なので感染してるかどうかも分からない。。。はっきり言って日本人を連れて帰る目的のフライトであろうがPCRはすべきである。搭乗前に症状がある人は乗せない、ない人は載せるの上記水際対策の論理は成り立たない。。。
以上、南インドケララ州、コーチンから羽田まで2日間帰国の旅、確かにいつもの状況に中では普通の旅ではないので大変であったので、こんな思いをするくらいなら旅は暫くしなくていい。。。のが本音であるが、旅は人間の喜びの一つである。全くもとには戻らないにしても近い将来、コロナが少しは収束して自由に行き来ができるような日が来ることを願わずにはおられない。特に私の様に2つの祖国がある様な者には、国と国と取り決めで家族が離れ離れになる事がないような日が来ることを祈りたい。
 
 
 
 
*Cochinからデリー、デリーから羽田へ、インド脱出の2日間*
 
①コーチンからデリー編
 
今年㋁インドで最初のCovid19の感染者を出した私の住む南ンドケララ州、患者さんは武漢に留学していた医学部生3人だった。
それからイタリアや湾岸から帰国した人たちからケララ中、インド中に感染が拡大した。当初、特に3月4月頃までは、南インドの小さな州のコロナ対策が素晴らしい!とそのタックルぶりがBBCでも紹介され世界中から賞賛されたが、7月8月帰国者が増え、5月Lockdown中に故郷へ帰省していた労働者達が7月頃、ケララ州に戻ってきた事もあってへケララ州の感染も更に拡大した。
なんせ一日のPCRテストの検査数が5万ほどあるので、陽性の患者さんも沢山見つかる分け。。。9月末には1日のフレッシュケースが10000人を超え、流石に怖くなって来て、2月に帰省して足止めをくらっていた日本留学中の娘もいつまでもインドにいれないしで、しばし日本へ帰ろうか‥と言うことになった。
まずは、10/27、7:55発のJALのチャーター便を予約、チャター便なので、航空券は普通の三倍、片道で18万ほどになった。JALのフライトは夜7:55発であったので、インドでは定刻に出発すると評判がいい方である国内線航空会社”IndiGo”の朝10時発のフライトを取っていたが、なんと前日にこのフライトがキャンセル!!!流石インドよ!慌ててその前の朝一番のフライトをGetしたが、10時の便のキャンセルのお陰でほぼ満席。飛行機の中で感染しそうだった。
この様な状況の中、国内を移動する場合は前日に出発地に一泊するくらい用心した方がいい。
そして 、まずはコーチン国際空港のチャックインでトラブル、国際線の接続だが国内線の荷物は15kgまでなので、前もって娘と私と15kg分プリペイしていたがそれでも7kgくらいオーバー、運悪く私たちのチェックインカウンターの女性が意地が悪くて大目に見てくれない。。。こんな状況の中なのに。。。少しは親切心があってもいいのではないか・・・普通の旅じゃないんだから。。。避難するため乗るのだから。。。その上キャビンラゲージも、コロナ問題でキャビンに入れないので、足元に置かねばならにと訳の分からない事を言う。オーバー料金は払うからとにかくチェックインさせてくれと言うと中で色々人を呼んで私達でもめてる風を見せつける。オーバー料金の支払いもインドルピーが残っていたのでキャッシュでと言うと、コロナでキャッシュは使わない。カードで払ってくれと言う。仕方なくカードで払ったが、隣のカウンタ―の人は現金で払っていた。時間もかかり、やっとチェックインを済ませるとセキュリティだが、今は前もってすべてコンピューターでデーターが行ってるらしく認証に時間がかかった。
待合室に行くと、ファイスシールドが無料で配られたらクオリティが悪くペラペラ。私達は前もってちゃんとしたものをネットで買って持参していたので貰わなかった。ファイスシールドは持参した方がいい。そして、中にはここで防護服に着替えてる人もいた。
機内にいると、キャビンに入れれないと言ったくせに、荷物はキャビンへ。そしてインターネットで席を取っていたが、私と娘はA&Cであったので、コロナで間隔置いてるんだな。。。と思っていたのに、Bにしっかり防護服を着た叔父さんが座っている。フライトがキャンセルになったので皆前倒しで仕方ないな・・とは思いつつ、叔父さんに親子なので席を代わって貰ってたが、なんとCAが来て、防護服を着た人がいる場合その人を囲んで座らねばならないと訳の分からない論理を言って私と娘は叔父さんを挟んでまたAとCの席へ。未だ防護服を着た人を挟んで座らなければならない理由は分からない!
 
そして、真ん中叔父さんは防護服を着るくらいなので、怖がりで、その上私たちは東洋人なので、私達に囲まれて恐怖におののいていたようなのだが、そうとは知らず、私が叔父さんをまたいで娘に話しかけるので震え上がっていたそう。。。
 
コーチンからデリーまで3時間半、水も食べ物も何も出ず、トイレは汚くて、トイレで感染しそう。。。その上 CAはなぜか娘にフィードバックを書いてくれとペンも持たず紙切れだけ持って来た。クレームデヴィの血を引く娘はその場でペンも持って来ずなしに何が書けるのか?と言って、紙一杯クレーム書いてようだ。インド国内線での旅でこんなに嫌な経験をしたのは初めてだった。
 
最後にまだインドには沢山の日本人が残っているが、今からチャーター便で帰国しようと考えている方たちに今回の私の経験参考にして欲しい。まとめると、チャーター便の出る空港まで行くに当たって・・・
 

この様な状況の中、国内を移動する場合は前日に出発地に一泊するくらい用心した方がいい。荷物は最低限にまとめる事、オーバー料金はカードしか払えない。

ファイスシールドはクオリティの良い物を持参する事、防御服は必要ない。
国内線では長時間フライトでも食べ物も飲み物も水も出ないので、何か持参した方がいい。
 
では、国内線はここまで、国際線に続く・・・・