先日、奈良で仕事をしていた時のはなし。
その仕事で私は車を運転しているのです。
その日は早朝から、搬入作業の為に、車を走らせ。一緒に仕事をさせていただいてる方と目的地へ向かって
天気が良いからどこか行きたいね。
とか、なんとかお話をしていました。
車の前を
横断している三羽の鳥に出くわしたのは、一瞬の、その時!でした。
二人で『わ!』と声をあげましたが私はブレーキを踏めなかったのです。
何故なら、後ろには車に乗った沢山の人間の方々がおられたからで
あそこでブレーキを踏めばそれは、大きな事故を生んでいました。
鳥がどうなったかは分からずでしたが、もし命を奪ってしまっていたのだとしたら
それについての気持ちは書かないでおきます。
その、何日か前に
『人が、ついとらわれる心の錯覚/安野光雅+河合隼雄』を読んでいて
道路で遊ぶ子どもを見かけなくなったという話を読んでいたので(それは、もし交通事故にあったら、、から来ている現状)、「ああ、なるほどなぁ」と思ったのです。
安野光雅さんと河合隼雄さんの幼少期、外で遊ぶ時には「自転車」が一番危なかったらしいです。
車は便利やし、要りますし、気をつけて運転したら良いのはもちろん、しかし私はあの時止まれなかった、のももちろん。
物事は多方向から見れますが、意味はたいてい背中合わせで
生と死
生まれては消えているものは何も一つのことやものだけではなく
本当の『自然』について、最近考え。そして『経験』の足りていない事に気付きます。
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