調子乗ってみた
すいません
生きるも、死ぬも、
自由が認められている限りは
自由に、好きにすれば良い。
エレベーター中毒
反・TV社会
揺らぎの先
ある本に
『性を否定するなら、それじゃ、
どうやって人類は存続してゆけるんでしょうね』
ってあった。
やらしさ抜きでも言えたし(人間は大きく二つに分かれているし)、
例えが食べ物だろうと
愛だの音楽だの目に見えないものだとしても
この言葉は成立するんだ
『われわれはいなくなっちゃうじゃありませんか』と。
生きるため、血をつなげるため、
必要なことは確かにあふれている。
それが当たり前であり、生れた時から担う、
目には見えぬ、必然だからだ。
たどるべきをたどって行き着く疑問も
その本にはあった。
『じゃ、なぜわれわれが、いなければならないんです?』
人が世界の上に立って戦争や無意味ないがみ合いをしろと
何処にも書いていないように、
人がなによりも生き抜くことをえらべなんて
書いてはいないんだ。
自分の利益のみを考えた殺人も
都合よく笑う夢を与える人も、
元からあるものには叶わないんだと思う。
少しの自分の意思だけが、
自分を選択できるわけ。ならば
なぜ左右されることを許すの?
何故それに対しては優しくできるの?
自分には、なぜやさしくできないの?
われわれは、いなくてはならないわけではない。
そこにいたいと、願うのだ