四柱神社(長野県松本市) | お気楽・極ラク・Doらく

四柱神社(長野県松本市)

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四柱神社


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 四柱神社(よはしらじんじゃ)は長野県松本市大手に鎮座する神社である。地元では、「しんとう(神道)さん」と呼ばれている。


概要
 天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、天照大神を祭神とし、4柱の神を祀ることから四柱神社という。よく「しはしらじんじゃ」と間違えて呼ばれる。願いごと結びの神として全国各地から信仰が篤い。


 明治5年(1872年)に筑摩県松本に設置された神道中教院で、明治7年(1874年)から四柱の神を祀ったことに始まる。明治12年(1879年)に現在地に社殿を造営し、村社の四柱神社として遷座した。明治21年(1888*年)の松本大火で社殿を焼失し、大正13年(1924年)に再建した。


※偶然通りかかった四柱神社、(何処をフラフラと歩いているのやら・・・得意げ) 一度に四人の神様を拝めるなんて、とってもヴァリュー!!  思わず参拝してしまいましたよ。(今年の神社初詣は長野県)



 鈴は、古代中国では「仙道(せんどう)に琉金(りゅうきん)の鈴有りて以て鬼神を摂(おさ)む」(陶弘景『真誥』)とされ、その清らかな音色によって邪霊が祓(はら)われると信じられていました。
 これがわが国に伝わり、公式令(くしきりょう)という法律では、中央政府と地方諸国を結ぶ交通・情報伝達の手段として設けられた駅伝(えきでん)の馬にも駅鈴(えきれい)を用いることが定められていました。
その他、魔除の意味を込めて腕輪や足むすび、鷹狩の鷹の尾などにも用いられましたが、単なる娯楽に用いられることはほとんどありませんでした。


 平安時代後期の学者大江匡房(おおえのまさふさ)の撰になる『江家次第(こうけしだい)』という書物に、十二月に行われる内侍所(ないしどころ)の御神楽(みかぐら)で、天皇の拝礼の時に女官が鈴を三度鳴らすという神事の次第が書かれています。このような作法が国民の間にも一般化して今に受け継がれているのです。


 神社の拝殿(はいでん)に吊された金色の鈴を三度振ってお参りするのは、鈴はその清淨(せいじょう)な音色に祓いの霊力を持ち、金色(黄色)は陰陽五行の思想では中央土性(ちゅうおうどせい)で最も強い力を発揮し、三度振るのは、三という数が万物の生成と繁栄を約束するめでた数とされているからなのです。


神社での祈祷(きとう)や御神楽での巫女の振鈴の所作にも同じ意味合いがあります。


京都府神社庁「なぜ本殿の前で鈴を振って拝むのですか?」 より