吾輩はパパである。自覚はまだ無い。

いつ自覚するかはとんと見当もつかぬ。なんでも赤ちゃんがオギャーオギャーと泣いてる時にできるものだと聞いていたが、そうはならなかった。


 しかしながらぼくが育児を担当することで妻と合意し、育休を1年間もとっている身である。育児は待ってくれない。毎日オムツを替え、ミルクを与え、時に絵本を読み、風呂に入れ、抱っこをし、寝かしつける。大変だ。


 なぜパパの自覚が無いのか。それはただただ自分の歳を感じたくないからだ。赤ちゃんからは「パパ」ではなく、名前で呼ばれたい。

 妻にそう話したら冷たい目で見られた。やっばー。怒られそうな気配がしたので、早々に妥協して赤ちゃんからは「パパりん」と呼ばせることで一応の決着がついたのである。


 ここでぼくが育児を担当することになった理由を話しておこう。

 子が欲しいぼくに、子無し余裕のある暮らし派の妻が妥協して「産んであげるからあなたが育てなさい。」と言ったからだ。

 しかしよく考えると悪い話でもない。妻が仕事して、ぼくが専業主婦をしてもいいってことじゃないか。男女平等社会の最先端である。素晴らしいじゃないか。

 これからの新しい挑戦にワクワクしていた頃、「なんか勘違いしてない?あんたは今まで通り労働しながら、子育てが追加されるだけですよ。」と。ガッテム。夢からすぐに醒めたのである。


そこから、ぼくの精子がほぼ全滅状態だった等という語るにも値しないとりとめもない出来事を経て、ボクと我が赤ちゃん出会うに至ったわけである。


 これを書いている今現在、その赤ちゃんは生後10ヵ月。1年もあったはずの育休はすでにもう残り2ヵ月となった。時が過ぎるのは早すぎる。

 育休前は色々なことをしようと夢が広がっていたのだがまだ何もなし遂げていない。毎日育児をしているだけのしがない中年男性である。


残り少ない育休中に、ぼくが生きた証拠(≒赤ちゃんを育てた日々)を残したいと思ってこうして文を書くことにした。