現代のグローバル社会ではインターネットの普及により、いつでもどこでも新しい情報が手に入る。情報は常に更新され、これを知らないと世間に取り残されてしまった気さえする。俺は新聞社で働いているがゆえに、情報に触れる機会が多い。タフに生きるために、つまんないけどがんばって新聞は読むようにしている。情報はいつの時代も生きる上でとても重要なものである。
しかし、この情報は膨大な量に上り、必要不可欠といえど、これらをすべて知ろうとするのは至難の業である。永遠と入ってくるニュースにいつも俺は押し潰されそうになっている。いったい何が一番大事なんだ。人間の能力にも限界がある。
モノに対しても同じことがいえる。町を歩いていればショーウインドーに飾られている洗練された商品に、しばし心を奪われる。四方八方から企業どもが俺の購買意欲に火をつけやがる。たとえそれが自分にとって重要じゃなくても。欲望の街だ。欲しいものなんて数え上げたらきりがない。
ここで重要なのは今自分に必要なのは何なのかを見極める能力だと思う。自分を見失わずにしっかりと自分のアンテナを磨いて張り巡らせとかなければならない。
現代の社会は豊かで、便利になったが息が詰まる。昔はこんな感覚はなかったのだろう。街にでればそれなりに楽しいが、そのスケールのでかさに愕然とさせられる。この華やかなものたちはすべて手に入れられるもんじゃないんだと。何かを得ようとすれば何かを捨てなければならず、それはいずれ自分の身にふりかかる災難なんだと。俺たちは限られた時間と金の中で最善の選択をしなければならない。色目を使い、手招いているものの誘惑に負けることなく、物事の本質を見抜いていかなくてはならない。選択と戦いの連続だ。
先程も俺は現代社会の縮図ともいえるレンタルビデオ屋で一時間の死闘を繰り広げてきた。某コーナーで数ある作品の中からよくパッケージを吟味し、自分の某アンテナと相談しつつ、一つを選び出した。
ただ、それが最善の選択であったと言えるかは確信が持てないでいる。