おはようございます。
体のケアとして整骨院に通い続けた結果、
非常に調子が良くなったのですが
体の感度が上がりすぎて、少しの不調でも
痛く感じてしまい、これはこれで不便だなと
痛し痒しのよしけんです。
#体のこわばりは取れると
#こわばる前に痛くなるから不便だわ
#まぁええけど
#ええんかい
さて、今朝は。
無駄な経験などどこにも無い。
という話を。
食品などの加工産業の課題は、
材料をどれくらい無駄なく加工できるか
というものです。
原材料から命をリレーして作るのだから
やはりなるべく無駄は無くしたいという
モノと向き合う心もあるし
使えるだけ使うことで、
粗利率が上がり、利益が増えるという
経済的観点もあると思います。
なるべく全て、あるがままを
活躍したいと思うのが世の常人の常であり
その精度を上げるために、
技術の力が伸びていく、という
副次的な効果もあります。
だから、あるものに対して、
どこかで使える、どこで使う?を
徹底して考えるというのは、
この世において、重要なものだと
認識しております。
これは何も食料品や材木だけの話ではなく
人生においても同じことであり
自分の経験知を余すことなく
誰かの幸せのために使えるのなら
こんなに幸せなことはないですし
事実、そうやって、人が人を育てていく
良きスパイラルに繋がるよなぁと
思うんですよね。
ただ、経験知というのは、
何も前向きで光り輝くものばかりじゃありません。
なるべく蓋をして見つめたくないこと
自分にとっては失敗で、
今考えても恥ずかしく感じてしまうこと
誰かにやられた、しんどいこと
それらもまた、貴重な経験知なのです。
そんな仄暗い経験知が
まさかこんなに役に立つとは、と
感じた出来事が、この前ありました。
僕にとって、
パワハラ、モラハラを受けるというのは
割と日常茶飯事であり、
太ってるというだけで忌み嫌われ
バカにされ、からかわれる人生や
モラハラ体質の父親との生活や
かわいがりという名の体育会での経験や
育成という名の過分な労働を
乗り越えて生きてきましたが
去年春に受けた理不尽な仕打ちは、
どこをどう切り取っても
どだい納得できるものではなく
1ミリも許した日はありません。
でもまぁ、
そんな感情に囚われること自体が
時間の無駄でしかないので、
今は平然と対応しています。
しかし、人生てのは不思議なもんで。
僕のその経験知が、
似たような理不尽の沼に肩まで浸かって
身動きが取れなくなってる人の
助けやキッカケになる、
という経験をしました。
当事者の精神は平静を取り繕うけども
言動、行動、目線、視線は、
やはり通常時とはかけ離れており
僕もそう言われたのですが、
いじめられている側が必死に
自分に存在しない非を探していて
まるで、DV被害者のようでした。
システムエラーと愚鈍なマネジメント、
先輩方の放置したゴミを一手に浴びて
その人は、本当に瀕死の状態。
ただ、僕はその人の気持ちが
リアルに共感できました。
あぁ、こうやってまた
善良なビジネスパーソンがまた1人
くだらない見栄と出世競争と、
事なかれ主義の延長線上で倒れるのか、と
怒りと深い悲しみを抱きながら
それでも生きねばならぬ責任を
全うしようと歯を食いしばるその人に
感動しつつも、休業を勧めました。
一度、全てから、手を離そう。
見えてくる世界、変わるんだよ。
人生の操縦桿は、自分で握るしかない
それを思い出すためにも
特にロスジェネ世代はストレス源から
適切な距離をとらないといけない。
もちろん、その意見を採用するかは
その人次第なのですが、
ゆっくりできることを切に願ってます。
圧倒的で典型的なパワハラを
易々と見逃している組織に
本当に人を大切にしない人しか
居なくなったなぁ、、、と
呆れてしまいました。
それにしても偶然出会って、
でも必然の時間となったこと、
やはり、人生とは、経験とは、
誰かに繋げるために無駄がないもんだな、と
不思議で素敵だなぁと感じた
よしけんなのでした。
ちなみに、Beaconとは、灯台って意味です。
