食べる力は、生きる力 | 踊るアホぅで喜怒哀楽・2

食べる力は、生きる力

昨日は母親の誕生65歳を祝って実家で宴会をしていた。正月以来だったが元気にしていたようだ。しかし、鉄人職人70歳は、最近の寒暖によるものか、珍しく風邪をこじらせていたのでその様子見もあった。


 地鶏のタタキとレバ刺しを酒の肴として持参したので、まずはビールから。鉄人は病院に寄り付かないので酒がすすまなければ、是が非でも病院行きを薦めるつもりだったが、まだまだ鉄人だったので安心した。


 本日のディナーはデリバリーピザだった。実家で食べるのは初めてかもしれない。近くにピザ屋ができたために利用するようになったらしいのだ。私の持参した肴、ピザ、母親の作った料理など、無茶苦茶な取り合わせだが楽しく時間を過ごした。私の場合、ピザのは主食であるが、この家では違うらしい。しこたま呑んで喰って、あとはお茶くらいでいいかなと思ったとき、ご飯と味噌汁がでてきた。


 飯の締めくくりは、やはり白飯と味噌汁でないと明日に力がでないという。腹はそれなりに一杯だが、洋食などを食べれば食べるほど白飯と味噌汁は旨いという。単に腹を満たす行為とは少し違っていて時間だから飯を食べるという事とも少し違う。体を動かしている間が生きるているという実感を満喫できる。体を動かすための原動力が飯と味噌汁のような気がする。

 本当に楽しそうに飯を食う。


 後がない状況で自営をはじめ、苦労をし今の生活を入れた老夫婦は、食べる事や生きている事が楽しそうである。明日は昔から付き合いのある瓦メーカーさんのご招待で、夫婦揃って青森まで旅行をするということだ。たかが1泊二日の旅行だが、頑張ってきた、耐えてきた人たち送られた2日間は、おそらく十分に楽しんでくる事だろう。


 鉄人が60歳を過ぎてぐらいから、「こんな日が来るとは思わなかった」と母親とよく言う。ずっと苦労をするだろうと覚悟をして生きてきたからだ。いつか期待していた生活だっただろうが、今に手にしてしまった。それを謳歌するためにも食べる事は大切なのだろう。

 しかし、よく食う、それぞれピザは4片は食べているのだ。