今わたしの趣味の日本舞踊。
振りが入って、一通り踊れるようになっても
基本の姿勢を保ちつつ、手形(てなり)、自然の姿で舞う、
いわゆる「美しく舞う」のはまだまだ遠い…
全くの初心者だけど、もっと美しく、しっとりと踊りたいと思い
日本舞踊のこといろいろ調べてみました。
そもそも日本舞踊とは何?歌舞伎と同違うの?
というなぞがあったので調べてみた結果
です
日本舞踊は、江戸時代初期に出雲の阿国が創設した、
歌舞伎舞踊から始まったと言われています。
もともと歌舞伎は踊りあり芝居ありの総合芸術で、
歌舞伎と日本舞踊の区別はありませんでした。
時代が下り江戸文化が発展するに従って、
歌舞伎から舞踊を抜き出し、一つの芸能として確立したようです。
しかし、上記の説明は関東のみに限定して言えることのように思えます。
舞踊という言葉は実は明治以降の造語であり、
もともと上方では「舞(まい)」、江戸では「踊(おどり)」と呼んでいました。
それぞれ、発展してきた経緯は異なっており、当然、芸風も異なります。
◆歌舞伎舞踊の流派◆
・歌舞伎の振付師の家からできた流派…西川流、藤間流、市山、花柳、若柳
・歌舞伎役者が作った流派……坂東流、中村、市川、我妻、岩井、
尾上、猿若、瀬川、柏木、沢村
・お狂言師と呼ばれる、大奥、大名家に招かれ、
舞踊、歌舞伎を演じた女性たちから派生した流派
……志賀山、水木、松賀、七扇、菊川
◆上方四流◆
・上方四流……山村、楳茂都(うめもと)、吉村、井上
上方四流とは?
上方の「舞」は「上方舞」「座敷舞」「京舞」とも呼ばれ、
上方で能楽が盛んだった流れを汲み、すり足でゆっくり旋回する上下動の少ない舞です。
文豪・谷崎潤一郎が初めて上方の舞を見たときに、
そのゆったりした優雅さに魅了され「金屏風と燭台に囲まれた座敷の芸」と表現したそうです。
宴の席で埃が立たぬよう最小限の空間で舞える、表現を殺ぎ落とし凝縮した舞と言えます。
明治維新後もしばらくは、文化の中心が関東と関西に二分化しており、また地方の芸能とも混ざり合う事はありませんでした。
しかし、戦後のメディアの発達により
都市の文化と地方の文化が行き交い始め、歌謡曲や演歌の全国的な流行によって、
歌詞に日本舞踊が振り付けされるようになりました。
これが、一般的に「新舞踊」といわれるものです。
去年TV出演以降、一気に人気急上昇中の早乙女太一くんで有名な大衆演劇も、この新舞踊ですね。
うーん…
なるほど~…(ほぼコピペですが 汗)なんとなく日本舞踊が理解できたかも![]()
これからはもっとお稽古が楽しくなりそうw