時(時間)


かつて、具体的には中学2年の時

時間に関する己の考えを綴ったことがある

誕生祝いにクラスメートの女の子からもらった鍵付きのダイアリー


鍵付き、ということで、安心して日々思ったこと、考えたことを綴っていた


その中に

こんなことを書いたことがあった





「存在するのはいま(現在)だけ」


織田信長、豊臣秀吉、徳川家康

彼らは本当に存在したのだろうか?

博物館に行けば、彼らが使ったと伝えられているものがある

書物にも彼らの存在したことは記されている

もし、誰かが嘘を伝えていたら?

自分以外の全ての人が嘘をいい、騙されていたら?

何を根拠に彼らが実在したと証明できる?


所詮、僕には本当のところ、歴史というものを信じることしかできない

僕が彼らが実在したことを証明することはできない


同じことが、自分の過去にも当てはまる

一週間前、一年前

僕がした事は本当だったのか?

夢だったのではないか?

記憶…

夢とどう違う?

過去の記憶を誤って覚えていたら

夢と混同していたら?

記憶と夢と

何を根拠に確認できる?


物証で?

物証だってそれが本当と誰が保証してくれる?

結局は、自分の記憶が曖昧だと、夢と記憶に区別を付ける事ができなくなり、過去を確認する事ができない


結局は過去はもう存在しない


同じように

未来もまだ存在しない


存在しているのは

いま(現在)だけ






そして、その後


「時間」とは

観測者(人間)が存在してはじめて存在するもの

観測者がいなければ存在しないもの


という物理学の考え方を知った


これって

僕が中学2年の時に考えた事と全く同じではないか‼️


物理学によれば

「時間」とは「物質の変化」

何かが変わって初めてそこに時間という概念が生まれる



そりゃそうだ

例えば、

目の前に石がある

この世にその石しかなければ

その石が1年経っても何も変わらなければ

時間が経ったことを認識できない

そもそも1年経ったらの1年は

地球が太陽の周りを一周した時間

この世に石しかなければ

地球も太陽も存在しない

存在しないものが存在しないものの周りを一周することもできない

だから1年という時間も存在しない


ということ




時間は観測者である人間が造ったもの

従って、過去も未来も人間の概念でしかない

もはやこの世界には存在しない

やはり、この世に存在するの

いま(現在)だけ


中学2年の時

この真理に気付いていた





独身の時

彼女と付き合っていたとき

とても幸せな時間を過ごしていた

その時

あの中学2年の時の考えが直撃した


この幸せな時間は現在しかない

明日も今と同じ状況なら明日も幸せだろう

でも、これが何年続くか?

いつか続かなくなるなら

存在しなくなる


いまこの瞬間を大事に味わおう



そう思ったものだ





今日、中国ドラマ「大泰腑」

今から2000年前の秦の始皇帝のドラマだが、この始皇帝も実在したか、本当にいたのかが分からなくなり、この時間について考えてしまった



結局

過去も未来も存在しない

過去も未来も人間がその概念を考え出したもの

全ての人間が共通の認識で、「実在した」と約束したことは「過去の事実」となるだけのこと

「過去」という「約束事」

「存在した」かどうかは問題ではないということなのかもしれない




 

みんなの投稿を見るボタン