僕の小さい頃は身体が弱い子供でした。
よく風邪をひくし、幼稚園や小学校もみんなより休むことが多かったです。
身体もすごく細くて、肋骨が一本一本見えるくらい痩せていました。
よく母親から冗談で
『栄養失調みたいな身体してるね~』
と言われていました。
ちなみにそういわれていても全然嫌だとは思ってなかったです。
たしかに自分の身体を鏡でみると細いよなぁ~とは思っていましたが。
そんな僕が小学校4年生のときに始めた『野球』をきっかけに、身体が少しずつ強くなってきました。
もちろん全く風邪をひかなくなったわけではないですが、明らかに風邪をひく頻度が少なくなりました。
やっぱり身体を動かしていると風邪はひきにくくなるんだなぁ~とその当時は思っていました。
ですが、僕は野球をやっていて怪我がとても多かったです。
野球肘
野球肩
膝の靭帯の怪我
足首の捻挫
まぁスポーツをやっていれば誰もが怪我をするものですが、僕はその中でも結構多い方だったと思います。
最初は小学校6年生のときに膝の靭帯の怪我をして、そこから引退する高校3年生まで身体のどこかが必ず痛い状態でプレーをしていました。
その上に捻挫や打撲もあったので、常に怪我がありながら野球をしていました。
身体が弱かった子供時代を過ごし、野球を始めた事で風邪はひかなくなったけど、今度は怪我だらけの青春時代。
今振り返ってみると、これらの経験が僕の健康に対しての関心を高くさせていることは間違いありません。
そして僕は、小学校2年生からピアノを習っていて、中学校からドラムを始めました。
なぜピアノをやろうと思ったのかは覚えていませんが、小さい頃からピアノを弾くのが楽しかったという記憶はあります。
またドラムは、僕はX-Japanが大好きで(と言っても彼らを知った頃はもう解散していましたが)リーダーのYOSHIKIが超絶激しいドラムと可憐なピアノを弾いていて
僕もYOSHIKIみたいになりたい!
と憧れて始めたのがきっかけです。
そしてYOSHIKIの影響でドラムだけでなく今までただ楽しかっただけのピアノに対して
もっと上手くなりたい
という欲が出てきました。
こんな感じで僕は、中学校の頃から野球と音楽という一見相反するものに没頭し始めました。
そんな野球と音楽に青春を捧げた僕の夢は
『地元の高校で甲子園出場!』
でした。
実は小学生の時から行きたい高校があって、僕はその高校の野球部に入って甲子園に行くと決めていたのです。
ちなみにその高校は僕の父の母校であり、そして公立高校でありながら父の学生時代に甲子園に出場した高校です(父は野球部ではありませんでしたが)
僕は県内の強豪私立ではなく、地元の公立高校で甲子園に出るという無謀にも近い事を本気で考えていました。
そして願いは叶って希望していた高校に入学し、野球部にも入部し、僕の高校生活は野球に捧げると誓いましたが、僕の中である思いだけは全く消えませんでした。
それは
好きな音楽を続けたい。
という思いです。
僕の学校は一応地元では進学校だったので、大学の進路指導が入学とほぼ同時に行われました。
え?入学したばかりなのに、もう大学の事を考えるの?
と最初はびっくりしていましたが、まぁそこに抵抗するのも無駄ですし、いずれ進路の事は考えなければいけないことなので、入学早々から自分の進路の事を考えていました。
最初は将来の為に理系の大学へ行こうと思っていたのですが、自分が本当にやりたい事を考えれば考えるほど
音楽をやりたい
という思いを抑える事が出来ませんでした。
そして音楽をやるなら、ちゃんと音楽を学びたいと考え、僕は大学の進路を音楽大学にする事を決めました。
その事を両親に伝えましたが、もちろん最初は反対されました。
音大はお金がかかる
音楽を学んで将来の仕事に何の役に立つ?
野球を辞めるのか?
など色々と言われましたが、僕は音大行きを譲る事は出来ませんでした。
何度も何度も家族会議を開き、沢山の話し合いをした結果、両親ともに音大行きを了承してくれました。
今思えばホントにわがままを言ったなと思いますが、そんな僕に対して音大行きを認めてくれた両親には今でも本当に感謝しています。
ですがここで進路を決めたはいいですが、学校の先生やピアノの先生にはこう言われました。
野球部に所属しながら音大入るのは無理
野球をやるか、音楽をやるかどちらかにしなさい。
みんな口を揃えてそう言いました。
たしかに野球部に所属しながら音楽大学に入った人というのは前例がないし、野球と音楽の両立は不可能だと言われました。
僕も最初そう言われて、確かにそうだよなぁと思いました。
でも僕がこの高校に入ったのは甲子園に出場するという目標がありましたし、将来は音楽の仕事をしたいと思って自分の将来の
夢を叶えたいという願いもありました。
そんな僕には野球か音楽のどちらか1つに絞る事は出来なくて、沢山迷いましたが最終的には野球と音楽の両立を目指しました。
野球と音楽という相反するものを両立させるのは周りの誰もが出来ないと思っていたかもしれません。
でも僕はどちらも譲る事は出来ませんでした。
自分のやりたい事を諦めるというのは高校生の僕にとってありえない事でした。
なので、ある意味茨の道でもある野球と音楽の両立を本気でとり組みました。
長くなって来たので次回へ続く