今日は『食べる』について少し哲学します。
僕は『食べる』は『人』を『良くする』と書くから、食事を正すことにより人生をより良いものにしていけると考えています。
まぁ実際この言葉は僕が生きていきた中で考えついたものではなく、世間でもちらほらと言われている言葉ですけどね。
でも僕はここに生きる本質があると考えています。
人は『食べる』という行為を行わないと基本的に死にます。
あ、基本的にと言ったのは、インドに数十年間食事をとらず生きている人もいるからです。
その方は例外として、基本的には人は食べないと死にます。
なので、食べるということは自分自身が生きていくためには必須なんです。
でも現代の日本の大半の人は食べることに困りません。
スーパーに行けば何かしら食べ物は売っている。
コンビニは24時間開いているから、お腹がすいたらすぐに買いに行ける。
そう、日本はインフラが整っているので、食べることに困るというのは基本的にはあり得ません。
しかも素材にこだわらなければ、安く買えます。
とても便利な世の中ですよね。
だから相当なことがない限り飢えて死ぬということは現代の日本では考えにくいのです。
これはホントに素晴らしいことですし、人類の歴史は飢えと戦ってきたと言っても過言ではないので、それをクリアした現代は凄いと思います。
でもね、食べることに困らないから、食べる=当たり前になっています。
いつでもどこでも食べることが出来るから、食べることについての有り難みをわかっている人が少ないです。
そして皆食べることについて深く考えません。
なぜ人は食べるのか?
食べるってどういうことなのか?
美味しいって何?
あなたは考えたことありますか?
僕は心の底から食べることは尊い行為だと思ってます。
僕らが口にする肉、魚、野菜、穀物。
どれも全て地球から命を頂いてます。
特に肉や魚は、動物の命そのものを頂いてます。
スーパーには牛を丸ごと売ってませんもんね。
切り身が売ってますもんね。
僕らの目に届かないところで、畜産業の方が動物を殺めてから出荷しています。
だからなかなか命の有り難みを理解しようとしても、イメージしにくいのはある意味仕方ないことだとも思います。
ですけれども、イメージしにくいから食べることを深く考えないというのはナンセンスです。
僕ら人間は沢山の命を頂きながら生きています。
いや、生かされてます。
地球に生かされているんです。
その感覚を少しでもつかんでもらいたい。
欲を言えば多くの人が地球に生かされているという感覚を持ってもらいたいと願ってます。
そうであれば、もう少し人間が生きやすい世界になるんじゃないのかなぁって思ってます。
せっかくこの世に生まれてきたんだから、生きやすい人生を歩みたくないですか?
苦行ばっかりじゃ嫌ですよね?
なので『食べる』ということをちょっと深く考えてみて、
僕ら人間がいかにして地球に生かされているか?
ということを感じてみてください。
必ずあなたの人生を豊かにしてくれますよ。