昨日僕はフェイスブックでこんな投稿をしました。
まぁただただ自分が言いたいことを言っただけなんですけどね(笑)
でもね、この世紀の大発見(と自分が勝手に思い込んでるだけww)は、ホントにやばいです。
僕のキャラが変わってしまうんじゃないかってくらい僕は大興奮しています。
この世紀の大発見、言っていいですか??
や、ダメだと言われても我慢できないんで言っちゃいます。
その共通点は
全ては自分の中にある
ということです。
『全ては自分の中にある』という言葉は特別な言葉ではないですし、あなたも耳にしたことがあると思います。
ですがこの言葉はふわっとして印象を与えてしまうので僕はあまり好んで使いませんが、このカイロプラクティックと仏教の共通点を一言で表すならこの言葉が一番ぴったりだったのであえて使いました。
でもふわっとしたまま次に行くのも気持ち悪いので、具体的に解説していきますね。
まずカイロプラクティックの考え方(哲学)の大前提として
ユニバーサルインテリジェンス(宇宙知能)
と
イネイトインテリジェンス(先天的知能)
というものがあります。
物凄くシンプルに言ってしまうと
ユニバーサルインテリジェンスとは僕らが生きている世界、つまり宇宙の働きや宇宙の秩序のことを言います。
イネイトインテリジェンスとは人間の身体が持っている生命力のことを言います。
つまり、宇宙の法則や人間の生命の法則についてカイロプラクティックは独自の見解を持っていることになります。
そして僕はこのイネイトインテリジェンスは『自然治癒力』のことだと思っています。
『自然治癒力』とは例え病気になったとしても、人間が生まれつき持っているパワーで病気を治すことができる力のことです。
ちなみにカイロプラクティックの治療は、この『自然治癒力』を引き出します。
引き出せるということはその中、つまり人間の中には病気を治す力があるという前提で治療をすすめますので
病気を治す力の全ては自分の中にある
ということです。
次は仏教ですね。
仏教は様々な宗派があるので宗派によっては多少考え方に差がありますが、僕が感動したのは仏教の経典のひとつ『法華経』の中にある『常不軽菩薩品』というお経の話です。
その話をざっくりと説明すると、ある一人の修行者がその話の中で紹介されています。
その修行者は会う人会う人地位や身分などの分け隔てなく
『わたしはあなたがたを敬います。 軽んじません。なぜならあなた方は菩薩の道を行じて、仏となるからです』
と伝えながら合唱礼拝し続けました。
ですがこう言われて『バカにされた!』と怒る人もいて、時には悪口を言われたり、ひどいときには石を投げつけられたりしたのです。
にもかかわらず、この修行者はどれだけひどい仕打ちをうけても、合唱礼拝をやめることなく全員に
『わたしはあなたがたを敬います。 軽んじません。なぜならあなた方は菩薩の道を行じて、仏となるからです』
と伝え続けたのです。
その行動により人々の心はだんだんと変わり始め
『ひらすらこのようなことを行い続けているこの修行者は、本当は立派な方かもしれない』
と思い始め、最初は軽蔑していた人も尊敬へと変わっていき、いつしか『常不軽菩薩』と呼ばれるようになったという話です。
『常不軽菩薩』は読んで字のごとく
常に人を軽んじたりしない菩薩
という意味ですので、いつも地位や身分は関係なく全員に対して尊敬の念を持っていたことになります。
つまり、全員の中に『仏』がいるという前提で接しているのです。
仏教の修行者が一番尊敬するのは『仏』です。
ですから
『わたしはあなたがたを敬います。 軽んじません。なぜならあなた方は菩薩の道を行じて、仏となるからです』
という言葉を全員にかけ続けていたんです。
『常不軽菩薩』は、この世に生きる人間全員の中に『仏』があると考えており、そして皆が『仏』になれると信じて疑わなかったのでしょう。
さぁ長くなりましたが、ここまで読んでみていかがでしたか?
カイロプラクティックも仏教も、大前提として
全ては自分の中にある
という考えがあるんです。
カイロプラクティックは人間の中にはイネイトインテリジェンスという名の『自然治癒力』が備わっている
仏教は全ての人間の中には『仏』がいる
カイロプラクティックと仏教は
時代も
場所も
説いた人も
全く違うのに、これだけ本質的な部分での共通項があったんです。
これは凄い発見だと僕は思いました(自画自賛ですが)
極論、未来永劫普遍的な原理原則です。
全ては自分の中にある
んです。
ですから僕もこれを大前提として生きていきます。
