30歳の夏休みは早いもので、あっという間に4日目を迎えました。今日は、プラネタリウム「銀河鉄道の夜」を見に、池袋へ。

号泣してしまいました。
作品中で、宮沢賢治氏の原作の文章が朗読されるのですが、その美しさといったらもはや言葉にできないほどで、思わず涙を流してしまったというわけです。「まるで北極の凍った雲ででも鋳たような」とか「いま新らしく灼いたばかりの青い鋼の板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。(※天気輪の柱が)」なんて、どうしてそんな表現が思いつくのか!嫉妬やら感服やらの気持ちが高ぶって仕方がありませんでした。しかしながら、感極まる、とはまさにこういうことで、そんなちっぽけな嫉妬や感服やらの気持ちを超えて、ただただその美しさがこの身に降り注いだのです。嗚呼、自分もこういう表現ができるようになりたい。美しいものをただ美しいと言うのではなく、どう美しいのかを、いかに美しいのかを、相手に降り注ぐように伝えられるようになりたい。そんな思いを抱きました。

機会があれば、このプラネタリウム番組はもちろんのこと、原作を読んでみてください。僕は銀河鉄道の夜よりも美しく文学的な作品を知りません(浅い知識ではありますが)。

それにしても今日はまた暑い日になりましたね。早く涼しくならないかなあ。


晴れ「夏が来た!!」と思う瞬間を教えて!爆  笑

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隅田川花火大会🎆

を、テレビで見ている時。📺(まさに今)

現地には行かないのかい っていう。


そりゃ行きたいさ。行きたいけどさ。。
諸々の事情だよ。個人的な事情だよ。泣
ひと夏に一度は、花火大会に行きたいなぁ。🗿

今日は蕎麦と枝豆と夏野菜を食べました。
夏の味がいたしました。「夏の味」なんて知らないはずなのに、どういうわけかそんな感じがいたしました。🌽

曲がりなりにもいくつもの夏を過ごしてきたからこそ、感じることができた味なのだろうなぁと思うと、胸に感じ入るものがありますね。

雨音を聞いている。
胸の鍵盤を叩くような。

季節は夏を迎えている。
夏という季節は不思議だ。
人の記憶になにかを強く残していく。

かつての夏に思いを馳せれば、
いつだってその夏に戻ることができる。

体の弱かったあの人に、
外の世界の夏を届けようと
必死になったあの夏。

天国へは流石に届くはずもない。



失意に暮れていた夏もあった。
ひとり海に向かった。
海は優しかった
と、同時に一様に冷たく人を突き放した。

遠くにひとり座って海を眺める人がいた。
何を思う人だったろうか。
海はやはりその人も突き放していた。



例のY君と山に登ったあの夏。
山頂のカレーが美味かった。
僕らは我と我、毒と毒だった。
楽しくも痛々しかった。
いつしかお前が、刃に見えてしまった。
刃だったのは多分、僕自身だった。

頂上に行っても何もなかったあの夏の日
ただ刹那的に、その日の空気を、
この世の全てだと信じて吸っていた。



夏の手にひかれて行けば、
夏は僕らを連れて行ってくれた。
僕らが望むなら何処へでも。
ただ本当に、望むのならば。


雨音を聞いている。
胸の鍵盤を叩くような。


街。特に晴れた日には。

街に繰り出すといろんなことを思い出す。思い返せる。思いを伸ばせる。だから良い。散歩はいい。

特に勝手知ったる近くの街なら、迷うこともなく、思索にふけることができる。僕はこれをパトロールと呼んでいるが、意外に僕の日常には欠かせない時間だ。

あの街は、今どうなっているだろうか。
あの人は、元気でやってるだろうか。
明日からの日々に、何が起こるだろうか。
そういえばあの話の続きは、どうなったっけか。
僕はいま、何処を歩いているだろうか。





よそ行きの服を着て。
その服も、いつか捨てるよ。
あのとき売ったギターはいま、誰かがきっとかき鳴らしているさ。

そんなことを考えながら、ただ歩く。
変わるものと変わらないものを眺めながら。




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4年いた会社に、さよならを。

心の底から嫌だったはずなのに、明日も来させてと駄々をこねたくなる不思議な夜。

なにかを得るには、なにかを失う。
そんなの悲しすぎるじゃないか。

立つ鳥は後を濁さず。
そんなの無理だろうが。

誰が言ったかそんな言葉。リアリティがないよ。
わからなかったのか、この入り混じる感情の複雑さと繊細さを。

僕は簡単に割りきれる人間じゃない。
引きずり引きずり、引きずり倒すだろう。

でも、ただ一つ言えるのは、

これで良かったのだということ。
良かったのだと確信できる未来にしていけばいいんだということ。


あゝ、もうひとつあった。

僕は悪人にはなれない。

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文庫本を、革製のブックカバーに仕舞う。


丁寧に手紙をおりたたむように。
或いは、待ちかねた便りの封を少しだけ乱雑に破くように。


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大事なことは、
生きるうえでただひとつ大事なことは、
この地獄の中で、自分だけの天国を見つけることさ。

誰にも侵せない、小さくても安らぎに満ちた天国を見つけることさ。

その天国を失って世の中の地獄に飲み込まれたときは、また天国を見つける旅に出るか、あるいはそれが死ぬときさ。
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世界を美しくするもの。

それは、ロマン、趣き、そして余韻。

ロマンは、奥ゆかしい。I love you.とは決して言わず、「月が綺麗ですね」とだけ言って、I love youよりも深いところで愛しさを伝えるような。

趣きは、海の底のように広い。表向きの言葉や表現のもっとずっと奥にある、海の底のはずなのにどこか明るいもの。冬の日差しのような。

余韻は、ほんの少しだけ先の未来を写した写真。あえて言葉にしないことでしか生まれない、心地よい空白。あるいは、何気なく誰かが残していった手紙。まるでケーキの箱の中にほのかに残る香りのような。

これらに共通するのは、彩りであるということ。

目には見えないが確かにそこにあるこれらの彩りが、僕らをゆううつから少しだけ遠ざけてくれる。世界に色をつけてくれる。


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いきなりだが、僕はアゴが良くない。
大きく口を開けるだけでガクガクいうし、昔はアゴが外れて歯医者へ突っ走りはめてもらうということが何度もあった。今もアゴが外れるが、もうアゴの骨がガバガバなので、自分ではめられるようになった。笑

笑いごとじゃねーっつーの。

しかも調べるところによれば、アゴが悪いと体や心のいたるところに悪影響があるというではないか。諸悪の根源は、このアゴなんじゃないか。

そんなことを思い、思い切って治療に行ってみた。僕の住む街にひっそりとある、アゴの治療院。街を歩いていても、絶対気づかないようなところにそれは隠れるようにしてあった。
たまたま、別件で皮膚科を訪れたときに、発見したのだ。

予約をして、いざ治療室へ。
そこにはなんだか、見たこともないような古めかしいさまざまの器具と、拷問に使うかのようなでかい台が!これから僕はきっと、改造されて仮面ライダーにさせられるんだと思った。平和主義者なのに、ショッカーや怪人と戦わなければならないんだと。

まぁ、冗談はさておき。

治療がはじまる。
初っ端から、持病の腎臓が悪いことを言い当てられる。それもどうやらアゴや体の骨の歪みと無関係ではないらしいと。このおやっさんは信頼できると思った。

骨盤矯正から始まり、アゴの骨やら背骨やらを謎の方法でガッチンガッチンやっていく。痛くはない。ひたすら、歪みを治していく。

終わってみると、まだ初回だというのに、アゴのガクガクが少し無くなっている。おそるおそる口を大きめに開いてみても、前ほどガクガクいわない!何者なんだこのおやっさんは。無愛想な人だったが、わずか1時間足らずにして確かな治療をしてくれて、まるで仙人のように見えた。後光もちょっとさしていた気がする。

民間療法なので、料金も高めだが、べらぼうに高いわけじゃない。思い切って来てみてよかった。この治療院の存在を知ることができてよかった。

まだ何回か通う必要があるので、お金をかけてでも最後までやり抜こうと思う。それだけの価値がきっとあると、直感が知らせているから。


人生は少しずつ、少しずつ、進んだり戻ったり、同じ場所をぐるぐる回ったりしながらも、確かに前に進んでいく。

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電車が通り過ぎるのを遠くから眺めるたびに、
あぁまた時間がひとつ過ぎていった、
ということが、肌身に感ぜられるのです。

切れ間なく連続しているはずの時間というものが、確かにその瞬間にだけ、電車が通り過ぎる瞬間にだけは、‘‘ひとつ”過ぎていったと、感ぜられるのです。