ザクロ、ブドウ、イチジク、リンゴ、花のある静物
昼過ぎにoz magazine に載ってたdou dou という
セミオーダーのシャツのお店に行きたくなった。
千駄木駅から徒歩七分という情報のみ
目的地の明確な場所はあまり気にせず気が向くままに歩くのが好きなのだと思う。
目に入ったお店に入って少し話するのもちょっといい。
最近お洒落な雑貨屋によく「江戸家の歯ブラシ」置いてるの良く見かける。
ちょい前にhugeで取り上げられてて少し気になっていた。
店員と話してみると天然の毛が使用されていて4ヶ月くらい使用可能らしい。
これには少しびっくりした。しかも、値段は360円と格安。
最近hugeは立ち読みで済ますようになってしまったがちょっと前まで
毎月買っていたほどhugeが好きだった。
雑誌だけで完結性をもたないような読み手と共に深め合うような
そんな感じがしたんだけど最近はちょっと微妙なのでパスかな。
hugeが悪いんじゃなく自分の感受性が変わったんだと思う。
なんとかdoudouのシャツをみれたが、セミオーダーするほど感激しなかった。
おそらく作りから素材まで深いこだわりがあるのだと感じたけれど
店内に置かれてあるシャツからコンポージングな意味合いはあまり感じられなかった。
そこがセミオーダーの難しいとこなのではないだろうか?
あまり覚えていないがプラダのシャツは完全に同じものができないくらい
各所に多様な型を用意しているらしい。
それは使い手の多様な要求を満たしながら
使い手の個性も確保できるように配慮されているのだと思う。
たまたまなのだが上野公園に行く途中
永山裕子さんが改修したカヤバ珈琲を見学することができた。
天候が曇りだったため昼過ぎなのだが既に光壁が点灯されていて
照度の関係で店内と外が吹き抜けているような感じがしていた。
男一人で珈琲を飲めるほどの勇気は無く店内は見学できず。
帰りは国際西洋美術館のカポディモンテ?美術館展を見学
あああ眠い!
寝ます。笑
つかあれなんですね
デジカメの写真はアップできないようになってるんですね。
なんとも残念ameba
自分の盲点と共にある自己理解.
つい先日、三泊二日でセミナー合宿に参加してきた。
特に、内容に目を通すことなく受講してきたものの思わぬ収穫となった。
セミナーの内容は意外と難しい話で「人間関係について」
考えているようでなかなか考えにくい問題である。
最近僕の周りでよく聞く話にギブアンドテイクという話がある。
本当に周りがギブアンドテイクの意味を知っているのかは別として
20世紀初頭の第一次世界大戦後のアメリカが
住宅ローンを低金利で大きく負担し国民の生産性を向上させた話は有名である。
それがよかったのか悪かったのかについてはさらに別として
そこにあった波及効果、乗数効果から人間関係について考えみたい。
「あいつに何やっても見返りが無い。」
そんな話がよくある。損得感情だけの友情なんですってのを
言い換えただけのようにしか自分には聞こえない。
両者を客観的にみてわかることは、お互い自己開示(本音でのやり取り)が無いのだ。
このセミナーで学んだことは自己開示以前の自己理解についてである。
自分のことは自分が一番よくわかる。しかしそれは全てではない。
他者からみた自分に自分が知らない盲点があるのかもしれない。
この盲点こそが人間関係にゆがみを生じさせているのだと思う。
皆それぞれが適切な「自分の声」を持ったとしよう。
そしてそれを適切な単語、声の大きさ、ピッチなどをうまく使って話せたとしよう。
そこでは、相互に尊重し合いながら
自ずと自分の知っている自分と他人しか知らない盲点の共有となる。
それこそが自己開示なのではないだろうか。
話がずれたが、ギブした相手からの見返りがないことを考えていては
自己開示なんてしなくなるだろう。
自ずとゆがみが生じる。
本来テイクというのはギブした相手からくるとは限らないのである。
そこにはゆったりとした時間とともに波及的に乗数的に自分のもとに戻ってくるものがある。
その大きなものを子供みたいに楽しみに待っておけばいい。
きっと当時のアメリカ人のお偉いさんもそんな気持ちで
景気の浮揚を心待ちにしていたのではないだろうか?笑
そういえば
セミナー中お祭りがあったので友達と行ってみることにした。

残念ながら既に終わってしまっていた。
セミナー後打ち上げで軽く飲みに行ったが
自分の周りはケータイ電話に向かって自己開示するのが好きらしい。
きっと彼らにとってこんな話はさらにさらに別の話になるだろう。
特に、内容に目を通すことなく受講してきたものの思わぬ収穫となった。
セミナーの内容は意外と難しい話で「人間関係について」
考えているようでなかなか考えにくい問題である。
最近僕の周りでよく聞く話にギブアンドテイクという話がある。
本当に周りがギブアンドテイクの意味を知っているのかは別として
20世紀初頭の第一次世界大戦後のアメリカが
住宅ローンを低金利で大きく負担し国民の生産性を向上させた話は有名である。
それがよかったのか悪かったのかについてはさらに別として
そこにあった波及効果、乗数効果から人間関係について考えみたい。
「あいつに何やっても見返りが無い。」
そんな話がよくある。損得感情だけの友情なんですってのを
言い換えただけのようにしか自分には聞こえない。
両者を客観的にみてわかることは、お互い自己開示(本音でのやり取り)が無いのだ。
このセミナーで学んだことは自己開示以前の自己理解についてである。
自分のことは自分が一番よくわかる。しかしそれは全てではない。
他者からみた自分に自分が知らない盲点があるのかもしれない。
この盲点こそが人間関係にゆがみを生じさせているのだと思う。
皆それぞれが適切な「自分の声」を持ったとしよう。
そしてそれを適切な単語、声の大きさ、ピッチなどをうまく使って話せたとしよう。
そこでは、相互に尊重し合いながら
自ずと自分の知っている自分と他人しか知らない盲点の共有となる。
それこそが自己開示なのではないだろうか。
話がずれたが、ギブした相手からの見返りがないことを考えていては
自己開示なんてしなくなるだろう。
自ずとゆがみが生じる。
本来テイクというのはギブした相手からくるとは限らないのである。
そこにはゆったりとした時間とともに波及的に乗数的に自分のもとに戻ってくるものがある。
その大きなものを子供みたいに楽しみに待っておけばいい。
きっと当時のアメリカ人のお偉いさんもそんな気持ちで
景気の浮揚を心待ちにしていたのではないだろうか?笑
そういえば
セミナー中お祭りがあったので友達と行ってみることにした。

残念ながら既に終わってしまっていた。
セミナー後打ち上げで軽く飲みに行ったが
自分の周りはケータイ電話に向かって自己開示するのが好きらしい。
きっと彼らにとってこんな話はさらにさらに別の話になるだろう。
