こんにちは。
今はニュージーランド合宿へ向かう機内です。
昨日から始まったロンドン五輪、夏が終われば冬季のカウントダウンが始まる。
同時に自分自身のカウントダウンでもある。大切な2年がスタートしました。
今シーズンも変わらずプライベートチームで活動しますが、日本代表とも合同で練習も行ないます。それと、ワールドカップ出場権利のセレクションにも参加します。
選手としてコツコツ自分の仕事をし、居場所を勝ち取りたいと思います。
そして、大切な2年の準備も進めなくてはならない。
6月、7月にドイツ(インドアスキー場)にてスキー、ブーツテストを行なってきました。季節的には温かいのですが、インドア内は-5℃で保たれていてテストには最高の環境でした。
その結果、残された2年間のパートナーを変更する決断をしました。
まだ正式に行き先は決まっていませんが、8年間在籍させて頂いたATOMICとは契約を満了いたしました。
この決断は本当に苦しく、自分自身でも大きな冒険になります。
一度目の怪我から復活させてくれたスキーはATOMICでした。
ワールドランキング第1シードに戻してくれたのもATOMICでした。
初めてオリンピックで入賞させてくれたのもATOMICでした。
二度目の怪我を受け入れ、未来を信じてくれたのもATOMICでした。
人生で4度目のオリンピックに出場した時もATOMICでした。
ATOMICは私の人生でかかせないパートナーでした。
全てのスタッフが同じ目標を共有し、与えられた365日を戦っていました。
ATOMIC全体が私の誇りであり、これからも尊敬すべきスキーブランドです。
ATOMICは皆がスキー業界を愛してましたし、だからこそ長い間同じ夢を持てたのだと思います。
物作り、販売、ユーザーイベント、選手サポート、ジュニア育成、あげればきりがない、全てにおいて力を注いでくれた会社でした。
本当に素晴らしい会社であり素晴らしいメンバーでした。
しかしながら、私もATOMICも未来の為に準備をしなくてはならい時期に来た事も確かです。
私は、自分にも道具にも進化を求めている、ATOMICは未来の選手達を育成しなくてはならない。お互いに居場所を強く勝ち取る時期に来ていると感じました。敢えて付け加えますが、彼らが私に出した契約条件はどこよりも勝っていました。これは私に対するATOMICの敬意だと思います。
ただ、私も残された時間で最善の選択をしたかった。お互いが今よりももっと居場所を確立する事でスキー界に貢献して行くことが一番大切だからです。
最後になりますが、8年間も一緒に高め合えた事は私にとって最高に幸せな時間でした。ATOMICと夢と未来を共有出来た時間は私の誇りです。
本当に、本当に長い間お世話になりました。
皆川賢太郎 プロスキーヤー
今はニュージーランド合宿へ向かう機内です。
昨日から始まったロンドン五輪、夏が終われば冬季のカウントダウンが始まる。
同時に自分自身のカウントダウンでもある。大切な2年がスタートしました。
今シーズンも変わらずプライベートチームで活動しますが、日本代表とも合同で練習も行ないます。それと、ワールドカップ出場権利のセレクションにも参加します。
選手としてコツコツ自分の仕事をし、居場所を勝ち取りたいと思います。
そして、大切な2年の準備も進めなくてはならない。
6月、7月にドイツ(インドアスキー場)にてスキー、ブーツテストを行なってきました。季節的には温かいのですが、インドア内は-5℃で保たれていてテストには最高の環境でした。
その結果、残された2年間のパートナーを変更する決断をしました。
まだ正式に行き先は決まっていませんが、8年間在籍させて頂いたATOMICとは契約を満了いたしました。
この決断は本当に苦しく、自分自身でも大きな冒険になります。
一度目の怪我から復活させてくれたスキーはATOMICでした。
ワールドランキング第1シードに戻してくれたのもATOMICでした。
初めてオリンピックで入賞させてくれたのもATOMICでした。
二度目の怪我を受け入れ、未来を信じてくれたのもATOMICでした。
人生で4度目のオリンピックに出場した時もATOMICでした。
ATOMICは私の人生でかかせないパートナーでした。
全てのスタッフが同じ目標を共有し、与えられた365日を戦っていました。
ATOMIC全体が私の誇りであり、これからも尊敬すべきスキーブランドです。
ATOMICは皆がスキー業界を愛してましたし、だからこそ長い間同じ夢を持てたのだと思います。
物作り、販売、ユーザーイベント、選手サポート、ジュニア育成、あげればきりがない、全てにおいて力を注いでくれた会社でした。
本当に素晴らしい会社であり素晴らしいメンバーでした。
しかしながら、私もATOMICも未来の為に準備をしなくてはならい時期に来た事も確かです。
私は、自分にも道具にも進化を求めている、ATOMICは未来の選手達を育成しなくてはならない。お互いに居場所を強く勝ち取る時期に来ていると感じました。敢えて付け加えますが、彼らが私に出した契約条件はどこよりも勝っていました。これは私に対するATOMICの敬意だと思います。
ただ、私も残された時間で最善の選択をしたかった。お互いが今よりももっと居場所を確立する事でスキー界に貢献して行くことが一番大切だからです。
最後になりますが、8年間も一緒に高め合えた事は私にとって最高に幸せな時間でした。ATOMICと夢と未来を共有出来た時間は私の誇りです。
本当に、本当に長い間お世話になりました。
皆川賢太郎 プロスキーヤー