またまたで恐縮ですが…弾きたがりコーナーの更新です。フォークもしくは演歌っぽいフォークが殆どのこのコーナー。今回は何とHiromiGoにチャレンジしてみました。
 いつまでもアクティブでエネルギッシュな郷ひろみさん・・・たぶん毎日ストイックなトレーニングを積まれてるのだと思います。老化現象著しい私としては、少しでもあやかりたいと、哀愁のカサブランカをUPしてみました。

 郷さんは、サビのところをビブラートで長く引っ張って歌ってるんですが、私にはとてもできません。やっぱり肺活量の差なんでしょうかね。ぜひクリックしてみて

ください。(R08.09.20) 
 

    

  またまた、アコギの話題で恐縮ですが…毎年この時期恒例の音楽教室の発表会がありました。ボーカルはもちろん、人気のバイオリンやサックスからフルート、ウクレレ、エレキ、さらには沖縄の三線まで、様々なジャンルの音楽が披露される楽しい催しです。
 アコギグループの私は3人の皆さんと一緒に「思い出のグリーングラス」を演奏しました。しかもボーカルまで担当させてもらいました。
 もう10年くらい出てますが、観客を前にした舞台で、ライトを浴び、自分の歌声と演奏音がアンプから流れる状況に慣れというものはなく、毎回どきどきしてしまいます。
 きょうの「思い出のグリーングラス」も妻が撮ってくれたんですが、色んな理由でここにUPできないので、「弾きたがりコーナー」に以前UPしたものを持ってきました。よかったらクリックをお願いします。(R08.09.13)
 
 
 

 ギターを抱いたアホウ取り‥別名弾き語りならぬ弾きたがりコーナーをいじってみました。
 大昔、学生時代に好きだったアコギでのフォークの弾き語りを、定年後に再開してはや十年余り…腕前はいっこうに上がりませんが、病は膏肓とこうじて、臆面もなくYouTubeにUPしたり、旅がテーマだったはずのHP「まこちよか旅」にコーナーを作ったり。
 そしてコロナ禍で不要不急の旅ができなくなると、更に重症化し、UPした曲は56曲になりました。やがて後期高齢者になったジジイは各曲の公開画面におのれの老醜をさらすことにやや、気おくれを感じるようになりました(遅い!)
 そこで、最近仲良くなったAIクンの登場です。歌ってる曲のイメージを伝えると…あら不思議、わが老醜とは打って変わった美女やイケメン画像がたちどころに出現!しかも私の指示でできた画像なので、著作権は一切関係なし(AIクン談)だそうです。またまたハマってしまい、弾きたがりコーナーの曲の殆どをイケメン・美女の画像に置き換えました。ぜひ、ぜひコーナーを訪れて、ポチっとやってみてください。

 ただし、再生するには画像ではなく左上のYouTubeの赤い三画マーク(下記画像参照)のクリックが必要です。(R08.08.28)
 

 車で出かけた帰りがけ、妻が「ケーキを買って帰ろうか」と言いだし、ブランダジュールに寄ってきました。宮崎ではけっこう名の通った洋菓子の名店です。

 妻は毎回好物のイチゴのショートケーキ。私はいつもは定番のモンブランを買うんですが、ふとショーケースの一番端にあったチョコレートケーキに目が行きました。   

 「食いてえ!」…値段もショートケーキのなかでは一番高めで、ふだんは手を出さないのですが、このときはなぜか「食いてえ、食いてえ」という気持ち、それはもう欲望的なレベルの衝動が後期高齢者目前の脳髄に突き上げてきて…罪悪感を感じながらも買っちゃいました。
 帰ってきて皿に乗せ、つやつやとしたチョコの表面を眺め、側面に付いていたチョコ板をはがして口に入れ、慎重にフォークを沈めながら幾重にも重なったチョコの層を切り離し、おもむろに口に入れたら…一瞬で罪悪感が幸福感に変わってました。

(R08.08.21)
 

 きょう、運転免許センターに出向き、免許の更新をしました。こんどから後期高齢者ということで、高齢者講習と認知症試験を受けてた(⇒6/6付け本欄)からなのか、あっけないほど早く終わりました。おそらく30分もかからなかったと思います。
 過去の免許証と違ってることがいくつかあります。まず、必ずメガネをかけることという条件がつきました。若いころは1.5を誇っていた私の視力は裸眼では0.7を切っています。それと有効期間が5年から3年に短縮されました。そして何より写真がほぼ白髪のジジイになり果てました。寄る年波は恐ろしい。ドライバー歴もほぼ半世紀になります。何とか無事故無違反でやってこれましたが、これからは高齢者であることの自覚を強く持たないとと思います。
  
 思えば最初に免許を取ったのは、昭和53年の秋…妻と一緒になって半年後でした。自動車学校の送り迎えも妻にやってもらい、仮検定と本検定でそれぞれ1回ずつ落ちて、やっと手にした免許証でしたが、最初は怖くてがちがちになってハンドルを握ったのを覚えています。
 かなり無理な運転をしてたのが、平成13年4月から17年3月までの、日南への通勤の4年間でした。役付きになり、仕事の責任も量も増え、日南海岸を通る約50kmを真夜中に帰ることもしばしばでした。疲れて、眠くて、ほんの何秒かだったと思いますが、眼をあけて時速50~60キロで走ったまま、眠ってしまうという、とても怖い経験をしたことがあります。

 車も人もいなかったので何事も起きませんでしたが、ひとつ間違えば誰かを死傷させたり、妻子を残して自分がこの世からいなくなったりしてかもしれないと思うと、ゾッとします。
 最近の車はありがたいことに、危ないときは急ブレーキがかかったり、車線をはみ出しそうになったら修正してくれたり、至れり尽くせりです。が …これらの安全システムが作動することのないようにしなくてはと肝に命じた一日でした。

(R08.08.20)