YouTubeという便利な媒体のおかげで、聴きたい曲、見たい映像が手軽に楽しめる昨今です。
 私がお気に入りに登録しているチャンネルには、旅もの、キャンピングカーもの、地元宮崎ものなどのほかに、この年齢ですから昭和歌謡もの、70年代フォークものがあります。
 こういった音楽関係チャンネルのなかで、必ずしもメジャーではない若い人たちがバンドカバーして流している楽曲には、演奏力、歌唱力、構成力が、けた外れに素晴らしいものが最近目立ちます。
 たぶん生まれた時から音楽が周囲にあふれ、早くから好きな楽器に親しんできた彼ら、彼女らの才能が花開いた結果なんでしょうね。うらやましい限りです。そんな素晴らしい楽曲を2つ貼ってみました。(R08.01.25)

 

美・サイレント/angels

 


サボテンの花/na Relo

※HP「スエさんのまこちよか旅」

 おととい、ふるさとの老人ホームに入所している叔母(母の妹)を訪ねました。
「さっきまで昼寝してた」 こう言ってニコニコと車いすで現れた叔母は、思ったより元気そうでした。
 介護の方の話だと、認知症もなく、しっかりしていて、食事もほぼ完食しているとのことで、安心しました。
 「(施設の)みんなが優しくて、楽しく過ごしているよ」と話す叔母を見ていると、足腰・体の衰えさえ無ければ、今でも元気で自宅で暮らせているんだろうなと思ったり、でも叔父(一昨年に他界)がいなくなった家で、誰とも話すことない状態の一人暮らしよりいいのかなと色々と考えてしまいました。
 この叔母は、若いころ専門学校に通うため、宮崎市の私の家で一緒に暮らしてたことがあります。昭和30年代のはじめ、私が幼稚園に入る前のころでした。「ねえちゃん、ねえちゃん」と呼んで、あとを付いてまわってた覚えがあります。
 私自身が70代になったいま、親やおじ・おば世代で残っているのは、この叔母だけになりました。叔母がいるたけで、私自身の大切な思い出が、色褪せないで残ってるような気がします。
 「また時々来てね」と見送る叔母に手を振りながら施設をあとにしましたが、姿が見えなくなったとたんに、こみ上げてくるものがありました。(R.08.01.18)
 

 先日、用事があって宮崎市の大塚台方面に車を走らせました。ここは、48年前に
妻と一緒になって初めて住んだところ
です。
 運が良かったのか、築後3年目のピカピカの職員宿舎に入居できました。3DKの
間取りで二人で住むには十分な広さでした。内装も新しくまだ新築の匂いがする部屋
でした(余談ですが、私はこの宿舎で初めて「洋式便器」なるものを体験しました)
 しかも家賃は月に数千円!貨幣価値の変化を考えても、今では考えられない安さでした。入庁後まもない頃のこと、給料も貯えも十分ではない中で結婚生活をスタートさせた私にとって、本当にありがたいことでした。
 ただ、エレベータ無しの4階だったので階段の昇り降りがきつく、20代の夫婦でもけっこう大変だったのを覚えています。妻は今でも、「私はあの階段で腰を傷めた」とこぼしています。やがて生まれた長男を背中におぶって、近所のスーパーに買い物に出かけ、買い物袋を下げて4階まで登るのは本当にきつかったと思います。
 そういえば、私のほうも当時運転免許をもってなくて、離れた中心市街地にある勤務先まで自転車で大塚台の坂を、エッチラオッチラこぎ下り、こぎ上って通勤してました。
 そんな思い出深い宿舎が48年たったいま、何とまだ建ってたのです。車を停めて
よく見ると、もう入居者はいないようで、“やや不気味な廃墟感”がただよってました。
 懐かしさと寂しさの入り混じった気持ちで、しばらく眺めていました。

(R08.01.11)

今は廃墟(当時20世帯が住んでました) 

 


当時の私たち(ベランダからの眺めはよかった)

 またまた、「アコギコーナー(弾き語りならぬ、ひきたがりコーナー)」の更新です。最近調子こいて、ネクラで古くさい曲を次々にUPしてます。
 今回は、他界されて久しい大塚博堂さんの名曲「ダスティンホフマンになれなかったよ」です。ダスティンホフマン主演の「ジョンとメリー」、「卒業」の2本の映画をモチーフにして一緒になれなかった恋人をしのぶ切ない曲です。
 たまたま、地元のFMラジオの音楽番組でこの曲がかかり、人気DJのバーニーさんが映画「卒業」にふれてこんなふうにコメントしてました。(あえて宮崎弁のままで紹介します)
  「花嫁を教会からさらって逃ぐるって、映画だからでくっとですよ。せまい

  宮崎なんかでホントにやったらえれこつですよ。もう宮崎にゃ居れんですが。

  そん証拠に、ラストシーンのバスの中でダスティンホフマンは笑っちょらん

  かったでしょ。あれは、えれこつをしでかしてしもた、これからどんげ

  なっちゃろか・・・という顔でしたよ」
 標準語にしなくても皆さん意味は何となくおわかりですよね。私もラジオの前で「なるほど」とうなずいてました(R08.01.08)
 
 
  

※HP「スエさんのまこちよか旅」

 寒いけど、よく晴れたおだやかな正月を迎えています。皆さん、今年も健康でお過ごしください。
 我が家のことしのお正月は、遠隔地の長男・次男家族が帰ってこなかったため、妻と娘の3人で静かに迎えていますが、息子たち夫婦や4人の孫たちともLineで顔を見ながら話ができるので、楽しい正月になっています。便利な世の中です。
 2002年にスタートしたこのホームページも24年目に突入しています。コロナ禍以降、旅に出ることはめっぽう少なくなりましたが、まだまだ元気にあちこちを回りたいと思っています。
 

さて、ことしは、宮崎市の老舗「小川屋」さんのおせちと・・・  

 

同じく老舗の「桐木神楽堂」さんの和菓子と、延岡の妹が送ってくれた地元の焼酎で
元旦を過ごしましたが・・・

  
 

氏子になっている宮崎八幡宮がご覧の賑わいで駐車場もいっぱいだったので・・・
 
初詣は、明日以降に行くことにしました。(R08.01.02)