2023年7月8日。僕と友人の2人は三重県 伊勢志摩の島々を探索すべく、鳥羽港までやって来ました。


今回お邪魔する場所は、神島と坂出島、菅島の3島です。


伊勢志摩には行ってみたい島が多くあったため、「1日で全部行ってしまおう!」という精神で多少タイトなスケジュールを組み立てたのでした。


そして、これら3島のうち、この記事でご紹介するのが神島。


三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台となった場所です。


事前情報としてはそれくらいしか知らず、その他まったく情報のないままでの神島探索となりました。


ちなみに、小説「潮騒」の舞台に行くということで、僕の友人はわざわざその小説を購入し、予習までしていたそうです。


僕も見習うべき行動ですね。

僕自身が今回の旅を提案しておきながら、僕は「潮騒」を読んだことがありません。


しかし、今あの神島での旅を振り返ってみると、事前に入念な準備をしていなかったことは幸運だと言えます。


そのおかげで、息を呑むほどの絶景の連続と、予想もしていなかった絶望と苦労を全力で楽しむことが出来ましたから。


というわけで、ここからは神島にスポットライトを当て、あの感動と絶望、心踊る大冒険の記録をみなさんと共有したいと思います。


​神島へ


7月8日14時頃。


僕たちは、神島に向け鳥羽港を出港し、約30分ほどの船旅を楽しんでいました。



波のうねりと彼方の景色を眺めながら、これから始まる神島散策に思いを馳せ、それと同時に全身で潮風を受けることで、心の底から自由を感じ取ることが出来ました。


旅というのは、目的地に着いてからも楽しいですが、僕はやはり目的地に着くまでの旅路も大好きなのです。


「これからの旅で自分はどんな景色と出会うのか」「旅の後に自分は何を思うのか」


そんな想像をしているだけでも、目的地に着くまでの時間は楽しく過ごせます。


そして何より、僕は海が大好きです。


現在航行中の伊勢湾であれば、湾内ということで水深は平均20mほどとそれほど深くありませんが、海が持つ無限の可能性と未知には、知的好奇心を感じざるを得ません。


参考



​上陸


14時30分。出港からちょうど30分が経った頃、僕たちは無事に神島へと辿り着きました。


上陸し、最初に僕たちを迎え入れてくれたのは、「三島文学 潮騒の地」と書かれたモニュメント。



島民も認める三島文学の舞台であるというわけです。


神島上陸の記念に、モニュメントの写真を撮り、港周辺の景色を軽く眺めたところで、さっそく僕たちは島の反対サイドを目指します。


出来れば、港付近を散策し、島の雰囲気をじっくりと味わいたいところですが、僕たちにはまだこの後の島散策が控えていますので、一直線に一番のお目当ての場所に向かうわけです。


そのお目当ての場所というのが灯台で、「神島」と検索すると、灯台の写真がちらほらヒットするので、それが神島名物だと勝手に判断しました。


その灯台は、港とは正反対の場所に位置し、島をぐるっと反時計回りに半周しなければなりません。



次の船の時間を考えると、灯台まで行って戻って来たタイミングで、ちょうど船が出港するぐらいでしょうか。


あまり悠長にはしていられませんね。さっそく出発です。


​大自然の中に誘われ


港周辺の賑やかな雰囲気を抜け、少し歩くとゆるやかな坂道が待ち構えていました。


少しずつ高度を上げ、坂道から一望できる伊勢湾の風景を眺めながら歩きます。


友人との談笑を楽しみながら、坂道を登り続け、くねくねとした道を進んでいくと、ある地点から一気に周囲の木々が多くなったことを感じました。


少しずつですが、大自然の中に自分たちが誘われているような、そんな錯覚に陥ります。



途中、友人と2人して気に入った景色があり、少し足を止めて写真を撮影しました。


そこには、ただゆるやかな坂道があるのみでしたが、ノスタルジックな雰囲気と「この坂道の先には何があるんだろう」という期待が感じられる場所です。



寄り道をして、その坂道の先まで行ってみると、そこからは港まで真っ直ぐと伸びる道が見えました。


「青空」と「温かな日差し」、そして「下り坂」があるだけの風景なのに、僕の心は大きく動かされました。


僕が感じたのは、懐かしさと儚さ、温かさでしょうか。


景色ひとつでこれだけ幸福になれるのですから、人間とは素敵な生き物ですね。



大冒険!大秘境!


先ほど寄り道した場所から少し行くと、ようやく一つ目の案内板が見えて来ました。



「神島灯台まで1.5km」


このまま進むと、次の船を逃してしまいそうですが、ここで断念するという選択肢は持ち合わせていません。


お目当ての物を見て、時間通りに港に戻り船に乗る、これしかありません。



案内の通り進み、ふと周囲を見回してみると、僕たちが完全なる大自然の中を歩いていることに気付きました。


道は細く、周囲の草木は好き放題に伸びて進路を塞いでいます。


僕たち以外に人の気配もないため、他の観光客はここまで足を運んでいないのでしょう。


ここまで道が悪いと、他の人達が訪れないのも納得です。


何より、人の気配が全くなく、誰も通った形跡のない道を進み続けるというのは、常に大きな不安となり、何か良くないものと遭遇するのではないかという恐怖がありました。


もし一人で神島の散策に来ていたら、ほぼ確実に途中で断念していたことでしょう。


しかし、今は頼もしい友人の存在のおかげで、不安や恐怖というのがむしろ良い旅のスパイスとなっています。



僕はいつからか、未知の秘境を冒険しているかのような気分になっていたのです。



これこそが旅


草木が生い茂り、視界の悪かった道は突如として開け、眼前には広大な海の景色が広がっていました。



「言葉を失う」とは、こういう場面でこそ使うに相応しいのでしょう。


先ほどまでの雰囲気とは打って変わって、これは思わぬサプライズでした。


「もはやここがゴールでも良いのではないか」というレベルの満足感です。


道はまだまだ続きますが、どうやらここからは海の景色が常に僕たちの目を楽しませてくれるようです。



他に誰も邪魔する者はおらず、心地よい潮風を胸一杯に吸い込みながら歩きました。


なんという解放感!なんという壮大さ!なんという幸福感か!


思わず感情が高ぶり、大声で叫びたくなるような気分です。




砂浜まで降りていくと、「いったいどこからやって来たのか」と尋ねたくなるような不思議な大岩が横たわっていました。


そして、僕はこの砂浜と壮大な海を一望すべく、岩の段差を上手く利用して少し高い場所まで登り、目の前に広がる絶景を眺めました。



そこには、間違いなく僕の人生最高と言えるレベルの景色があったのです。


潮風は強く僕の体を打ち、僕は全身を使って地球の壮大さを感じ取っていました。


時間という制約がなければ、ずっとこの場所で海を眺めていたいとさえ思いました。


神島を訪れる計画を立てていた時は、このような風景との出会いは全く想定しておらず、だからこそ旅というのは面白いのです。


神島は、そんな旅の醍醐味を味わる上に、僕が旅に求めている冒険心を十二分に満たしてくれる場所だったのです。



​叶わない旅


高所からの絶景を十分に楽しんだ後、僕たちはひとまずこの場所を後にし、さらに島の奥へと進むことにしました。


そして、あれほどの絶景を見せられた後ということもあり、感傷的な気分のまま、再び歩き始めた僕たちの間で交わされた会話は「彼」についてのものでした。


僕たちには、中学校の頃から非常に仲が良く、どこに行くにも一緒というとある一人の友人がいたのです。


しかし、そんな彼は数年前に突然の自殺。いまだにその原因な不明なままですが、やはり叶うのであれば彼と一緒にこの絶景を眺めたかったと思ってしまいます。


僕たちは、「これほどの風景を見ずに死ぬなんて勿体な過ぎる」と冗談を言いながら歩きました。


今にして思えば、自殺というのが彼にとって唯一の救いであったならば、それを責めることは絶対に出来ません。


今はとにかく、彼の分までこの風景を目に焼き付け、この旅を全力で楽しむことこそが重要でしょう。



​果てのない青


ここまで、大自然の中で大冒険を繰り広げ、息を呑むほどの絶景の連続を経験し、神島散策の旅は既に過去最高潮に達していました。


そして、るんるん気分で歩き、先ほどとは別のもう一つの砂浜に到着した頃、僕たちとは別の第三者の声が聞こえて来たのです。



聞こえる声の種類から、3人ほどのグループがいるようでした。


年齢は僕たちと同じくらいで、彼らもこの神島の絶景と雰囲気に包まれ、砂浜を陽気に走り回っていました。


どうやら、ここまでの悪路を物ともせず突破して来た同士がいたようです。



僕たちは、あまり彼らの邪魔にならないよう、数枚の写真を撮った後早々にその場を離れ、最終目的地である灯台を目指しました。


しかし、その後の僕たちを待ち受けていたのは、あまりにも過酷な急斜面と無限に続くかのような階段でした。



最初は意気揚々と登っていた僕ですが、登っても登っても終わらない段差の猛攻に、息も切れ切れになっていったのです。


木々が生い茂り、熱帯を思わせるかのような蒸し暑さに体が包まれました。


そして、暑さと疲労で頭がぼーっとし、このままでは危険だと本能が訴えて来ました。


そんな時です。下の方から、先ほど砂浜で見かけた数人の男たちが登って来たのです。


彼らも、僕同様に息を切らしながら必死に階段を登って来ました。こうなれば、僕と彼らは仲間も同然です。


その後、互いの存在に励まされながら、なんとか頂上まで辿り着くことが出来ました。

もう二度とあの地獄は味わいたくありません。



やっとの思いで頂上まで登り切った僕を待っていたのは、一足先に頂上に着いていた友人と監的哨(かんてきしょう)跡でした。


参考


どうやら中の見学が出来るようだったので、お邪魔してみることにしました。


建物内はやはり静かで、この場所だけ時間が過去で停止しているかのような趣きがあります。


僕はとりあえず建物内を一通り見て回ろうと、各階は軽く見るだけで、次々と階段を登っていきました。


そして、友人を置いて先に建物の屋上に立った時、僕は目の前の光景に言葉を失い、ただ口を開けて立っていることしか出来なかったのです。


少し遅れて友人が屋上にやって来ると、彼は一言「なにこれー!」と声を上げました。



僕たちの眼前に広がるのは、どこまでも空と海が広がる青の世界でした。


遥か彼方では、空と海の境界線が曖昧となり、僕たちの視界を遮るものは何一つなく、これでもかと地球の壮大さを伝えて来ます。


間違いなく写真でお伝え出来る規模感ではなく、僕の拙い文章では感情を共有し切れないほどの絶景でした。


僕たちは、もはや次の島に行く予定があることなど忘れて(どうでもよくなって)、ただ果てのない世界を眺めていたのです。



一つの大きな冒険を終えて


監的哨を離れた後は、ひたすらにジャングルのような蒸し暑さと草木が生い茂る森の中を歩き続け、船の出港まであと5分というところで港まで戻って来れました。



途中、当初の最終目的地としていた灯台を通ったものの、それまでの絶景に目が肥えてしまったのか、もはや何も感じるものはなく、ほぼスルーしてしまいました。


今は、あれほどの過酷な道を乗り越え、それに値するレベル(もはやそれ以上)の絶景を見れたことに大満足だったのです。


僕たちは、一生この旅のことを忘れることはないでしょう。


「神島、過去最高の旅をありがとう!」


僕たちは、神島に到着した時よりも遥かに良い表情で、次の旅へと向かっていくのでした。