23.最古の文字と最古の生命



最古の文字



「最古」という言葉の持つインパクトは凄まじい。



最古の文明や最古の文字、最古の生命の痕跡など、いつ人類が誕生し、いつから文明が発達し始め、そして、いつ生命が誕生したかのヒントを与えてくれるからです。



例えば、最古の文字に注目すると、現在世界で発見されている最古の文字は楔形(くさびがた)文字。



粘土板に刻み込まれた、(一部の専門家を除いて)僕たちには到底解読できそうにない文字が並んでいます。



ちなみに、粘土板といいましたが、粘土や砂、石ころと、私たちが住む地球の表面は様々なもので覆われていますよね。



それぞれ、露出した岩盤が風化や侵食を受け、岩石の一部が崩れて石ころとなり、角が取れて砂となり、やがて泥となっていくわけです。



しかし、石ころと砂と泥の境界線がどこにあるかご存知でしょうか?



実は、これらは大きさによって区別されており、直径が2mmよりも大きいものを石ころ(れき)、2mmよりも小さいものを砂としています。



さらに、1/16mmよりも小さければシルトと呼ばれ、1/256mmよりも小さければ粘土と呼ばれるようになるのです。



最古の文字が刻まれている粘土板は、このように非常に小さい粘土からできているんですね。



また、楔形文字のような「文字」が誕生したことで、当時存在していた固有名詞を知ることが出来るのも注目に値します。



つまり、楔形文字を解読できれば、当時の人々が付けた人の名前や地名、国名などの固有名詞が分かるというわけです。



数千年も前の人たちの考えを、現代の自分たちが知れるというのは、とてもロマンのあることだと思います。



一方で、楔形文字が存在していたのはメソポタミア文明ですが、この文明は世界四大文明の一つに数えられており、世界「最古」の文明の一つでもあります。



そして、メソポタミア文明の誕生から1000年ほど経った後に現れたシュメール人も、現在知られている中では「最古」の民族です。



メソポタミア文明自体、ティグリス川とユーフラテス川の2つの大河川の間に存在しており、場所は中東地域なので、中東を舞台に話をすれば、「最古」のものがどんどん出て来ますね。



また、文字に絡めた話でいうと、中東の歴史においてはハンムラビ法典が有名でしょうか。



シュメール人の次にはアッカド人という民族が現れ、アッカド王国を建国し、その後、アッカド人に代わってアムル人がメソポタミアに建国をするわけですが、



このアムル人たちは、バビロンという都市を都に国を築いたため、彼らの国はバビロニアと呼ばれています。



そして、このバビロニアの王こそ、ハンムラビ法典の生みの親ハンムラビ王だったのです。



ハンムラビ法典の内容については、あまりに有名で、「目には目を、歯には歯を」は誰もが聞いたことのあるフレーズでしょう。



ただ、僕が最初このフレーズを聞いた時、ハンムラビ王は残虐極まりない人物か何かだと思ったんですね。



しかし、それは大きな間違いでした。



どうしてもこのフレーズからは、「やられたらやり返せ」という意味合いが汲み取れますが、実は、抑止力を発揮することこそがハンムラビ法典の目的だったようです。



「相手の目に害を与えれば、自分も同じだけの害を被るよ。だから人に害を与えてはいけないよ」といった感じですね。



最古の生命



さて、最古の文字から大きく話が逸れてしまいましたが、ここからは「最古」の生命の話です。



これまでに知られている最古の生命は、どれくらい前のものでしょうか?



実は、今まで発見されたものの中では、38億年ほど前に見つかった生命の痕跡が最も古いんです。



38億年前といえば、地球が誕生して6億年ほどしか経っていない頃。



まだ地球に海が誕生して間もないくらいです。



最古の生命についてはまだまだ分かっていないことばかりですから、なかなか話す内容がないですね。笑



「38億年前というのが、いま分かっている最古の生命の痕跡」だという事実を伝えられるくらいです。



もちろん、最古の生命の誕生までに、様々なストーリーがあったと思いますが、それはまた別の機会にざっとご紹介しましょう。