動物愛護管理法の改正に向けた作業が、自民党で進んでいる。

 これまで、毎週のようにヒアリングやテーマごとの検討を行ってきたが、このほど、さらに根本的な課題を考えるために、「人と動物のかかわりについて」とのテーマで、東京大学の鬼頭秀一先生をお招きした。

 そこで、指摘を頂いたのが、動物との関係をより大局的な観点から整理し、将来的には「管理法」を超えて「基本法」を制定すべきだということ。人間以外の生命とどのように関わっていくべきか、基本的な枠組みを整理するのは壮大なテーマだ。

 動物解放論において、人間とそれ以外の動植物を隔てる「人間中心主義」は、人間を含む感覚がある動植物と、感覚がない動植物で区別する「パトス中心主義」に変化してきた。

 その歴史的経緯をふまえながらも、堕胎や脳死など、簡単に線引きできない問題点についても考えさせられた。

 さらには、日本人特有の生命感が存在する。

 私も製薬会社の施設で、実験動物の「動物慰霊碑」を見たことがあるが、西洋諸国にはそのようなものは、存在しないという。

 また、実験動物であろうと、ペットであろうと、日本人には動物を擬人的に捉える感性が西洋人よりも強いように思う。

 それだけに、基本法などを制定するには余程の議論と作業が必要であろうし、それが制定されたとしても、多くの不満が残るだろう。

 生態系を生物全体の利益と捉えれば、外来生物の排除を強化しなければならなくなり、個体としての動物の利益との矛盾点はさらに深まる。

 全体の視点と個の視点が完全に相容れることはないが、その中で、もがくのが生きるということかもしれない。