今、残っている写真を眺めても
最後の入院が始まったころからけんとの状態がだんだん悪くなっているのがわかる。
実際に直接見ていたよりもずっと...。
その前までは毎日のように”今日のけんと”を帰り際に、
今日の新聞を持って撮るのが日課だったのに。
高熱が毎日出るようになってから本人もそんな元気もなくなって
なんでもない写真が少なくなっちゃった。
もっと写真を撮っておけばよかったな~。
どんな写真でもいいから、毎日のけんとをもっともっとたくさん。
肺炎が良くなってきて食欲も戻り
さあ~これから!という6/20の夜にいきなり始まった下血。
輸血しても輸血しても止まらない大量の下血。
その4日後にDrから病気が進行していること、
このまま下血が続くと非常に危険であることの話しがあっても
きっと乗り越えられると信じていた。
だから、一緒にいても頻繁におこる下血も
あともう少しの辛抱と励まし続けた。
さらに5日後に検査の結果で
「このままだと最悪の状況も覚悟して下さい」と言われた時も
「辛く苦しい思いだけはさせたくないので」と返答していたのにもかかわらず
きっと、実感してはいなかったと思う。
ただ、もしかしたら時間がないのかもしれない...
意識しないところの私が、心に波を起こそうとしているの感じて
家に居られなくなった。
けんとの辛そうな様子を見て
一緒にいたかったから付き添いするようになったのだけど、
本当は私が一緒にいないと不安でたまらなかった。
苦しい顔を見ているほうがよかった。
何かしてあげられる。
とにかく、ずっと一緒にいたかった。
下血が始まって9日目あたりから起き上がることもやっとになって、
「気持ちは負けないと思うんだけど、このままじゃ身体がついていかない...悔しい」
と涙して、一緒に大泣きした。
「本当によく頑張ってるよ。泣きごと言ってもいいけど、諦めちゃダメ」
本当に辛くて辛くて、必死に頑張っているのに
その時、そう言うことしかできなかった。
もう遅いけど、本当にごめんね。
付き添いの最初の夜
普通の睡眠剤を使っても寝ない。
興奮状態になって、苦しそうな呼吸をしながら何かを睨んでいるような目をして。
けんとはいつも穏やかな人で、今まで一緒にいて
どんな状態にあっても私が話しかけて、ちょっと後で~と言われたことがない。
だから、そんな怖い目をしたけんとを前に
とにかくその怖い目を閉じてほしかった。
ひたすら両腕を支えながら夜中じゅう。
「ゆっくり、ゆっくり呼吸しよう。ふぅ~ふぅ~。そうそう上手だよ。寝ようね」って。
途中でどうしようもなくて看護師さんがDrの指示で応急で注射をしてくれたけど
2時間ウトウトと寝てくれたくらいで。
あの夜はひとりぽっちにしないで、本当に一緒にいてよかったと思った。
どんな薬も使う時には、本人に確認する。
下血の為にひどい下痢のようにお腹が痛いので
痛み止めのモルヒネを使うことや
下血による貧血状態もあるけど、精神的に苦しいこともあって
落ち着く薬ということで睡眠剤を適時につかうことも本人が了承してくれた。
それからは、少し休めるようになって穏やかな時間も訪れ
私の気持ちも少しずつ落ち着いてきた。
けっして諦めてはいなかった。
でもそれは少しずつ覚悟ということと向きあい始めたということでもあったのだと。