3月9日 夜中の電話


普段家の電話のベルが鳴ることは無いのに


その夜は 珍しく遅い時間にベルが鳴った


不吉な予感 ・・・・「ハイ ○○です。」


宮城県松島の実家に 住んでいる 弟だった


あっつ・・・・・本当に嫌な予感


「おばぁさんが亡くなったから・・・」  


もう10年以上も寝たきりだったから


覚悟はしていたけど・・・・・やっぱり悲しい


「葬儀は12日に行うと思うから ・・・・・」



10日  母親から電話 


「今回は来なくていいから 暖かくなったら お墓参りにきて」 




11日仕事は休みを貰って


新幹線で東京⇒仙台へ   松島の実家まで在来線で (45分位かな)行くはずだったけど


「暖かくなってから 来て」 その一言で 今 私は無事 家族と共に暮らしてる




地震があったあの時間  新幹線に乗っていたら   


在来線に乗っていたら   どうなっっていたんだろう


たとえ実家に着いて居たとしても


ここ船橋に家族の元にいつ帰って来れただろうか?


あの一言が無かったら・・・・・




祖母は 結局 葬儀は出来なく 火葬された。



東北の寒い時期  もう危ないと言われていたのだから


地震の前に 逝ったのは 今思うと 良かったのかも


 だけど それでも 祖母の事を思うと 涙が出てくる