「俺さ、今度の夏さ、サンタバーバラ行くんだ…だからさ、あいつにバイトさせて旅費作ってさ・・・。」
ビーチのサーファーボーイたちはそう夢を語っていた。だいたいサーファーガールと言えば聞こえはいいけど、所詮サーファーボーイたちの使い走りや雑用係・・・いい波が出るといえば朝早く叩き起こされ、サーフボードにワックス塗ったりとあれこれ手伝わされてビーチへと同行させられる・・・女の子が実際にボートを持って波乗りするということは殆どない…
ビーチに花を添えるサーファーガールというのは結局はサーファーボーイの使い走りや雑用係なのだ・・・。

そしてサーファーガールたちの浜辺での焚火…
「・・・もうあいつとの関係、考え直そうと思って…。」
男性不在のこの宴ではクーラーボックスからアイスクリームを出しながら、女の子たちは彼氏と別れる準備をしていた…そしてその前に次の居場所・・・彼氏を見つけて置いた・・・。
そしてある日、
「おい、ヨーコ、海行くぞ。」
と彼女のアパートを訪れると、
「え、何、あんた一人で行ったら。」
と予想もしていない返事…。その場に別な男が居たか、それとも女友達が居たか、それともサーファーガール一人だけだったったかは知らないけど、こうして二人の関係は終わった。彼女を失ったサーファーボーイはもうボートを抱えて海に行く気力も無くなってしまう…。もちろんサーファーボーイが彼女をにバイトさせて旅費を作らせそしてサーファーの聖地を巡礼する夢は果敢なくも破れてしまった…。

あのビーチの伝説のサーファーボーイの元カノだった幸恵さんも…そうやって帰るべき故郷・・・家庭の団欒への帰路の途中で私に出会ったのかもしれない…。
私がT女高をむでて、そして当時お世話になっていたSさん夫妻の世話で観光協会に勤めることかできた。一年目は観光案内所、二年め期は公設市場。そして三年目は資料室に居た。高校時代はSさん宅になじめなかったけど、高校出てビーチでサーファーガールやってそのサーファーガールを卒業しても、私にはほかのみんなのように帰るべき家庭の団らんがないことに初めて気が付いた。デニムショートパンツにバックブリントのシャツ着てそしてただSさん宅に帰る…。そんなわたしをSさんの奥さんは
「香織ちゃん…お茶飲んでおかし食べない…。」
と声を掛けてくれる・・・。
なにか遠い昔の感覚を思い出す…。

Sさん宅には山形の糞文学者からつまらなそうな本を毎月のように送られてくる
。余糞文学者が書いたり翻訳した本もあるし、そうではなくてあの糞文学者がわたしやTさん夫妻に読ませたい本もある。それらの本は読まれることが無いのはもちろんだけど、かとって紙資源ごみに出されることもなく、しばらくはSさん宅の茶の間に置かれ、そののちに段ボールに入れられてどこか収納へとしまい込まれた。

「香織ちゃんのお父さんって郷ひろみも松田聖子も知らないんだってね…。」
とSさんの奥さんが急須から湯呑にお茶を注ぎながら言った。
「・・・うん・・・。」
「テレビ見ないんだったてね。」
「うん。」
「山形にいた時、香織ちゃんもテレビ見なかった?」
「見せてもらえなかった。」
「本ばかり読めって・・・?」
「うん。」
「・・・。」
そして少しの間との沈黙・・・ののちにsさんの奥さんが
「香織ちゃん、貴女この家の子にならない・・・?うちの人とも話したんだけどさ・・・。
香織ちゃん、この家の子になってそしていい人見つけてこの家から嫁いでいかない・・・?」
と言った。にわかに時の流れがゆっくりと。そして7何かごく子どもの頃のように流れた・・・。
「香織ちゃんのお父さんって・・・家族を縛ってそして登山やスキーにばかり行っているんでしょ・・・。」
「うん・・・。」
「お友達の幸恵さんにも話してみたら・・・?」
「うん・・・。」


その日の夕方、私は自転車を漕いで幸恵さんの家に行った。不動明王の門前町だ。
「あっ香織ちゃん、いま香織ちゃん所に電話しようと思っていたの…。」
幸恵さんは例によってマゼンタピンクのポロシャツに濃紺サテンの短パンで夕日で照らされた時刻の中に立っていた。
「どっかでコーヒー飲もうか…。」
「うん。」
「短パンじゃあれかな・・・ブラウスにスカートに着替えようかな…。」
白とブルーの細かい縦じまブラウスに、濃紺の地に白百合をあしらったスカートの幸恵さんは…なにかしっとりと落ち着いた…まるで聖女のようなオーラを放ち始めた・・・。
喫茶トレド・・・店内には曲名は知らないけどクラシックが流れている…。
「わたしもよっちゃんと別れる時…覚悟も決意も必要だったよ・・・。一度はお互い運命を富もにして、そしてお互い愛し合いお互いを気遣いあった仲だから・・・。」
「・・・。」
「よっちゃんがポルシェってあんな車かって・・・あの車の買ったお金は本来はお店の保証金だったのよ・・・それであんな車を買って・・・それまでわたしとよっちゃんとで築き上げてきた幸せの家庭…これから家庭が出来てそして家庭に団らんができる。その団らんの種が芽が出て育ち始めたんだけど、あの車が来てから、その団らんの芽は枯れてしまったの・・・。それでもう私はよっちゃんとはやり直すのは無理だと判断したの…わたしはせっかく二人で育んできた団らんの芽が何よりも大事だったのに・・・。」
「そうなんだ・・・。」
「ねぇ香織ちゃんって山形から来たんだよね…。お父さんって何やっているの…?」
そう訪ねる幸恵さん、私は自分の父親であるあの人の職業、糞文学者だとか毒文学者と言っても無解ってもらえない・・・と思った。だいたい銀行員や医者、農協職員や公務員といえばだれでもんとくるけど、糞文学者だとか外国文学研究者といっても解ってもらえないしだいたい解らない人が殆どだ…。
「うちはね・・・変わった家なの…。」
「どういう風に…。」
「うちのお父さんはピンクレディはアメリカの歌手だと思っているし、郷ひろみも松田聖子も知らないし、そういう話をすると『下らん、辞めろ』って怒るの。そしてと音楽はクラシック以外ダメなの…。」
「えっ!?」
「そうなの・・・。」
「でもそれじゃ仕事できないじゃない・・・。」
「それがね、難しい本を読んで難しい本ばかり書いている仕事だから・・・。」
「そうなの・・・香織ちゃんのお父さんって学者さん?」
「うん。」
「何の学者さん?」
「私もよく知らない…でも外国文学の研究者だっていうの・・・。」
「・・・そう・・・。」
そしそて夜は更けていく…二十歳そこそこの私…自分の人生…運命で大きな決断をしなければならない瀬戸際に立っていることを感じた…。ふとT女高時代のことを思い出した…。キラキラと明るい日差し、サファイアブルーのスカーフのセーラー服・・・。そんなT女時代が遠い過去に感じられてならない…その重大な決断…というのはあの山大裏下小白川の糞文学者宅を完全に捨てて・・・そして新しい家…Sさんたち家族に組み込まれるということだけど、それは一度そう歩を進めたら後戻りできないことだった・・・。