私の父、あの糞毒文学者は

『圧倒的な知識量』

とかで

『書店古書店図書館にしか居場所がない人たち』

の間では神格化されていたらしい。


 私が糞文学者に島流しにされていた先の『千葉県市川市本八幡』には、今年春に閉店した『ワイ書店』という古書店があった。

 独特の雰囲気で満たされた場所なのだけど、そこの雰囲気が山大裏下小白川の糞文学者宅とよくに似ていたことを覚えている。そしてその山本書店の店主が店番しているエリア(つまり店主が読む本)のところに、あの糞毒文学者が書いた『オモタゴ興亡史』など歴史考証三部作が並んでいたのを見て、苦笑いしたことを覚えている。


そもそも私が山大裏下小白川の糞文学者宅を追い出されたのは、あの糞文学者が歴史考証『オモタゴ興亡史』執筆のために私たちを縛りつけては献身的に協力させたからだ。

『このままでは私たちがダメになってしまう...』という危機感をひしひしと感じた。この危機感を共に感じてくれたのは15才から数年間私を受け入れてくれていたO市のSさん夫妻も同様だった。Sさん夫妻は、私たちが糞文学者に囚われてはどーでいい『オモタゴ興亡史』絶筆に隷属させられている様子を解ってくれていた。そして知り合いの製茶屋Tさんに、私たちを家族として受け入れてくれないか...と話したのだった。そして私達はMさんTさんにもあった。

「貴女たち、あの家出る?」

って...。


しかしその事は糞文学者に知られることになり、以前にもまして糞文学者は私たちを束縛するようになったのだ。

「今がオモタゴ執筆で大事な時だってわかっているじゃないか!今度変な気起こしたら取り返しのつかない事になるぞ!」

と糞文学者はわたしたちを恫喝したのはまだ夏の暑さが残る初秋の昼下がりのことだった。

斯うしてわたしは糞文学者の目に見えない有形無形の影響力の支配下で対人関係をすべて糞文学者経由にされ、その上で千葉県市川市の本八幡の古くて小さなアパート『がらわら荘』に島流しされたのだ。わたしは糞文学者からわずかな仕送りをもらい、本八幡駅前ABS卸売りセンターでミルク何かをかって細々と生きてきた。胃が小さなわたしは本八幡駅前カレー店などで一度にドカンと一人前も食べられないのでミルクをちびちび飲んでは一日をしのいできたのだ。

そして年に数回定期的に山大裏下小白川の糞文学者宅に帰っていた。糞文学者は私が家にいることが不快らしく二、三日も家に留まるのが精一杯、そして糞文学者は私が帰ってきても執筆中の

『東オタンコナス王国興亡史』

『バルサン王国興亡史』

の話しかしなかった。

いつだったか糞文学者から電話があった。

「おい、中村が、シュロスヨハネスベルガーアウセレーゼというワインを飲みたがっている、サミットで出されたワインだ、今度中村の誕生日だ。中村にそれを飲ませてやろうと思う。あちこち探して買って持ってこい!」

という電話だった。わたしはあちこち探してそのワインを買って高速バスで山形に帰り、山大裏下小白川の糞文学者宅に持っていった。すると糞文学者は

「おう。」

とそれを受け取り、そして小白川五丁目上小白川の中村睾作邸へと電話する。間も無く中村睾作がやって来るが、私は毒文学者宅には相応しくない恥ずべき娘なので来客の前から隅っこに隠される。そして二階の書斎で糞文学者と中村睾作が歓談しては最後に残りのワインを中村睾作に持たせてやる。その後私が酒宴の後片付けをしたものだ💢😠💢

私の運命を紡ぎ続けていた山大裏下小白川の私の家での私の立場はそんなものだったのだ💢😠



さて、私たちがあの時、もう山形市から住民票を移して製茶民宿Tさんたちの家族として受け入れられていたらどうなっただろうか...?と思う。


あの時の事を思い出してみる。

「貴女たち、あの家出る?」

そして工務店をやっているMさんの車で製茶屋Tさんの家に向かう。

何か新しい日々が始まろうとしているという期待よりも何か遠い過去に帰ろうとしていると言う懐かしい気持ちがほんわりと車内に漂う。

「Tさんたち、いい人だから...

でも、話は聞いたけど、よく耐えて来たね...。」

この人たちは本を読まない。あの糞文学者は本を読まないヤツにはろくなヤツがいないと、よくいっていたけど...そんなことはない、と思った。

私達はスーッとあの糞文学者の束縛下から解きほどかれ、そしてMさんたちの世界に入っていくの感じた。それは新しい世界に入っていくっていうよりも以前に帰っていくと言う感じだ。


まったりとした温もりが懐かしく漂うTさん宅の茶の間、私と同じ年の女の子がTさん宅にいた、「香織ちゃんっていっていい?」 

「うん。」

「よろしくね。」

「うん。」


黒とグリーンの格子縞のブラウスにジーンズ姿。私の心の奥底になんとなく仲良し友達になれそうな、そんなものを感じた。

「香織ちゃん、あんなうちにずっといたから心開けないけど、そのうちなごむと思うよ。」

とTさんの奥さんが言う。

スーッと糞文学者の束縛から解かれる。糞文学者の世界が自分とは関係ないものに感じられてくる。私たちがMさんTさんの世界に入っていく...

もう糞文学者のもとには戻れないと思ったけどもうあんなところに戻る気もない...。

「Tさんよろしくね。」

「こちらこそよろしく。」

きらきらと何かが輝いた。

「疲れたでしょ、今日はお風呂に入って早く寝たら?」

「すみません。」

何か遠い昔に経験したほんわりとした時の流れだ。 「そのうちSさんのところに行くといいね。香織ちゃん、Sさんところにずっと居たんでしょ。」

「うん、中学出てから...。」

「何で地元の高校行かなかったの?」

「いつの間にかこうなっていた。」

「そうなの...。」

「おとうさん(糞文学者)が、私に、あの家から出ていってくれって。」

「えーホント、それホントなの?」

「うん、あの家から出ていってそしてSさんところに世話になってそこからT女に通えって...。」

「で香織ちゃん、Sさんちに居たけどいきなり香織ちゃんのおとうさんが香織ちゃん連れ戻しに来たんだってね...。」

「うん、ドイツに行くから一緒に来いって。」

「で自分の本書くために手伝えっていうわけか...。」

「ずいぶんと勝手だね。」

とTさんの奥さんも言う。

「うん...。」

スーッと糞文学者の束縛から離れて、そして改めて糞文学者の勝手佐賀見えてきた。

「兎に角、しばらくこっちに居たら...?」

「うん。」

住民票はこっちに移してある。もう二度と糞文学者ところには戻れないかもしれない、そう思うとやはり不安だった...。私たちが糞文学者のもとを離れても新たに糞文学者のそばに来て、糞文学者の執筆のために献身的に貢献してくれる人などいるはずもない...糞文学者はふらふらになって私たちがいるTさんのところに来る、それはMさんTさんもわかっていた。

そして糞文学者がふらふらになって私達がいるT算のところに来た。

「頼む、戻ってきてくれ、誰かいないと何も書けない...。」

「わたしたちはもうここに骨を埋める覚悟に来たのよ。もう貴方の本の事なんか思い出したくない。」

「頼む、戻ってきてくれ!」

「だって貴方はさんざん私たちに

『うるさい、文句言うな!黙って言うこときけ!嫌ならここから出ていけ!』

って言ったじゃない、だから出ていったのよ。」

「それはすまなかった。頼む。」

今にも泣き出しそうな糞文学者。私たちの心結も揺れた...。

「どうする...?」

「どうしよう...。」

「戻ったら、またカネにもならない歴史考証やつまらない小説執筆のために犠牲にさせられるよ...。」

「そうだね...でも...。」

「...もう山形に帰っていってあげなよって言いたい状況だよね...。」

そして、ここであの糞文学者を突き放してはわたしたちは製茶屋の民宿にいたら...それでも決して断ち切ることの出来ない何かが私たちと糞文学者そして糞文学者宅との間に存在し続けていたと思う。