靖国神社
春季例大祭に合わせて、靖国神社
に参拝しました。
本日4月22日は例大祭の当日祭──午前中は天皇陛下の勅使が参向され、御祭文が奏上されました。遅ればせながら私も靖国神社崇敬奉賛会の正会員として、馳せ参じた次第であります。
靖国神社は、先週の記事 でもご紹介しました明治神宮の御祭神・明治天皇の思し召しによって建てられた神社であり、陛下が命名された「靖国」という社号には“国を靖んずる”尊い願いが込められているのです。御祭神には戊辰戦争以降に国に殉じた英霊246万6千余柱がお祀りされております。私の尊敬する吉田松陰や坂本龍馬、故郷・福井の生んだ橋本左内ら明治維新の志士たちの御霊も安らかな眠りに就かれております。
参拝後は遊就館
にて、靖国神社御創立140年を記念した特別展「「矢弾丸(やだま)尽きるとも -我レ生還ヲ期セズ-」を見学。一昨日より始まったこの特別展は、大東亜戦争にて散華された英霊の御遺書、御遺品を一般公開しております。
召集令状(いわゆる赤紙)の現物や、ご婦人方が出征兵士の無事を祈って縫った千人針を目の当たりにした時は、思わず息が詰まる思いでした。十代後半のうら若き少年たちの書いたものとは到底信じられぬ御遺書、その溢れんばかりの父母への敬慕と祖国への愛国心に満ち満ちた文面たるや、果たして今日の若者たちが同じ状況下においてこれを書くことが出来るのでしょうか。
【神風特攻隊員たちの遺書】
脳裡に蘇るは昨年の6月、私はカートプロモーション
の舞台公演「帰って来た蛍」の映像監督を務めさせて頂きました。
時は終戦直前の鹿児島。知覧特攻基地から飛び立っていった宮川三郎軍曹を始めとする特攻隊員たちと、彼らの最期を母のような愛情で見守り続けた“特攻の母”こと富屋食堂 の鳥浜トメさんを主人公にしたこの実話に基づく悲壮な物語は、日頃から敬愛申し上げる柿崎裕治社長が脚本・演出を務められた舞台です。
ロケで訪れた知覧特攻平和会館 は、靖国の遊就館と同じく夥しい数の御遺影が展示されておりました。そのお顔一つひとつを思い出すにつれ、私は込み上げてくる何かを留めることが出来ませんでした。
私は戦争を肯定しません。特攻作戦も肯定しません。ただ我々が決して忘れてはならぬのは、かつて『靖国で会おう』と誓い合い、死をも超越した純粋なる大義を胸に、帰ることの出来ぬ戦場に飛び立っていった英霊の崇高なる魂です。我々が平和に暮らせる近代日本の礎は、祖国や家族、愛する人の為に尊い命を擲たれた英霊の志の上にあるのですから。


