しじまは破らるる - 声帯ポリープ闘病記 Vol.8 | 小野寺昭憲オフィシャルブログ - 破壊と創造の記録 -

しじまは破らるる - 声帯ポリープ闘病記 Vol.8

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 『何も話してはならぬ』――術後の声帯の回復を待つ一週間は、目下「沈黙療法」の名の下に一切の発声を禁ぜられた毎日を送っております。

 言葉を“話さぬ”――否、“話せぬ”暮らしというものは、ただの数日にあって我々が日常生活をどれだけ言葉に依存しているかを知るには充分でありました。

 医師、看護師との会話は殆んどは一方的であり、先方が患者の状況を察した上で『~ですか? それとも~ですか?』などと考え得る全ての選択肢を並べ立て、それに対して私は首を縦に振るか横に振るかだけでありました。

 自分から質問を投げ掛ける場合、或いは家族や友人の面会に応える場合は大抵は筆談、更に身振り手振り、併せて顔面の表情や眼球の動きまで、凡そ人体で表現し得る全てのジェスチャーを総動員させるなどして、それはあたかもここは日本にあって日本にあらず、どこか言葉の通じぬ異国と見紛うかのような様相を呈するなど一種滑稽とさえ映ります。

 その沈黙療法に併せてもう一つ私が毎日受けている治療――それが1日3回、1回5分、朝・昼・晩の「吸入療法」と云われるものです。

 喘息や気管支炎を患った方はご存知かと思われますが、上の画像が「ネブライザー」と呼ばれる吸入機であり、本体マシンから霧状に噴射される薬剤をチューブに繋いだ吸い口から経口吸入して咽頭を治療する器具であります。

 この病院の処置室には常時3台のネブライザーが置かれており、1日3回の定刻には耳鼻咽喉科の入院患者らが自ずと集まり、自ずと吸入をし、また自ずと各病室に散っていく光景が見られます。

 普段は誰とも相席にならない私でしたが、今日吸入に来てみると処置室には先客がおりました。短く刈り込まれた白髪頭に深い皺の畳まれた浅黒い肌が印象的な、還暦を過ぎたくらいの痩せ老いた男性でありました。恐らく同じ病棟ですが別部屋の患者でした。

 ネブライザーを口にくわえて本体マシンの前に座る二人以外は、処置室には誰もいません。湯沸かし器から漏れる蒸気のような音だけが虚しく響く長い沈黙を、最初に破ったのは老人でした。

 『――長いんですか?』との問掛けに、私は或る種の驚きと戸惑いを以て振り返り、ネブライザーをくわえたまま首を横に振りました。私と同室の患者らは、枕元に掲げられた発声禁止プレートや看護師との会話の中から私が“話せない”男だと知っている為、誰一人とて話し掛けては来ません。もちろん部屋の違う彼がそんなことを知る由もなく、話は止処なく続きます。

 入院してもう3ヶ月になること、病状は悪くなる許りであること、同室の患者仲間らが次々と退院して行くことなどを寂しく微笑みながら語る老人は、力なく霧が噴き出すネブライザーの吸い口を見つめ、独りポツリと呟くのでした。『こんなもの、何の役に立つのかね・・・』

 『――何の病気ですか?』と私は思わず、無意識の裡に問掛けていました。人間を描く者として、老人への人間的興味から沸き上がった実に素朴な疑問でした。すると老人は半ば達観した笑みを湛えながら一言、『喉頭ガン』と応えたのです。

 手術以来固く戒められていた発声の禁を破った自分への驚きと、ポリープを摘出し予想外に変化した自らの声質への驚き、そして何より、恐らく進行中の癌であることを笑いながら告白した老人への驚きが相まって何も云えずにいる私に対し、『お宅はどこが悪いの?』『いつまでいるの?』と矢継早やに質問を投げ掛けてくる老人は生き急ぐかのように、私に“答え”を求めて来るのでした。

 まだ術後の傷の癒えぬ声帯を顧みず、私は老人の求めに応じて会話を繋ぎました。喉頭癌に比べれば声帯ポリープなどクソのようなものです。例え入院が延びても今この老人の話を訊くことが私にとって必要な気がしたのです。人生における最強の魔に立ち向かう老騎士ではなく、寧ろ運命に抗わず風を受けては流す風車の話を。

 やがてネブライザー本体マシンがその駆動を停止すると、我々はどちらからともなく立ち上がりました。独り病室に帰って行く老人の小さき背に、私は『頑張って下さい』と言を投げました。すると老人は振り返り、言葉ではなく突き抜けるばかりの笑顔で以てこれに応えたのです。私はその笑顔に死をも超越した人間の“凄み”を視ました。そこには恐怖も迷いも無い、ただ一人の偉大な男の生き様があったのです。

 ――それ以来、私は再び言葉を封じました。その後の回診によれば声帯の経過も良く、今週中には無事に退院のようです。えっ? 老人と何を話したか? それはまた、別の機会に。