米大統領就任式に思う
日本時間本日深夜未明、第44代アメリカ合衆国大統領が誕生しました。200万人の大観衆を集めた大統領就任式──その如何にもアメリカらしい華々しい式典をテレビで拝見しました。
奴隷解放の父と呼ばれた第16代エイブラハム・リンカーン大統領の使った聖書に手を置き誓詞を述べるバラク・オバマ新大統領──アメリカ史上初の黒人大統領誕生の瞬間は、日本人である私から見ても輝かしく映りました。傍らに立つミシェル・オバマ大統領夫人の満面の笑みが印象深く残っています。
『YES WE CAN』や『CHANGE』などキャッチーなフレーズを効果的に採り入れた弁舌で国民を惹きつけ、およそ2年にも及ぶ長き選挙戦を制した民主党の雄は、若干47歳にして超大国アメリカの国家元首に上り詰めたのです。アメリカ人ならずともその勇姿に羨望の眼差しを向けた人は多いのではないでしょうか。我が国にもかのように強いリーダーが現れてくれたらと。
どうも今の日本の政治家は辛気臭くてなりません。政策云々の前に、自分を支持して欲しけりゃもっと演説がうまくならないと駄目です。優れた演説によって大衆は扇動され、国は動いてゆくのです。例えが悪いですが、かのアドルフ・ヒトラーなどは演説の名手と云われており、その催眠術的な弁舌は熱狂的信者を生み出し、人心掌握の大いなる武器となったことは有名な話です。演説のうまい政治家にはカリスマ性があります。逆に云えば、人の上に立つような政治家はカリスマ性がないと駄目だということです。そこらへんのオッサンと変わらないような風体の政治家には誰も付いてきません。政治家には政策だけでなく人間的な魅力も必要なのです。
大衆は或る意味鈍感です。要はどの政治家の主張が明快でリーダーシップがあるかが肝要です。例えば小泉純一郎元総理があれだけ高支持率を保ち続けたのは──氏の功罪は置いておいて──まさしく劇場型政治と云われたアメリカ型のパフォーマンスが功を奏したからに他なりません。自民党が歴史的大勝に沸いた2005年の衆院選も、ただ一点『郵政民営化に賛成か反対か』を問うた単純明快二者択一の選挙戦術が大衆の関心を強烈に惹きつけたからです。むろん街頭演説に一万人が殺到したと云われる小泉氏本人の力強く簡潔でウィットに富んだ演説力、そして奇人を自認した人間的魅力も、大いにその誘因となったに違いありません。その手法には賛否両論ありますが、あの頃確かに政治は熱かったのです。
今の政界に日本を牽引する力を、大衆を扇動する力を持ったカリスマは存在するでしょうか。少なくとも私は、オバマ新大統領を擁したアメリカの民主党とは似ても似つかぬ、日本の民主党のあの悪代官顔が総理になるのは想像も出来ません。
