雄島 | 小野寺昭憲オフィシャルブログ - 破壊と創造の記録 -

雄島


小野寺昭憲オフィシャルブログ - 破壊と創造の記録 --東尋坊と雄島


 前回の記事 、東尋坊と来ればこの島を欠かしてはなりません。上の画像からも見えます通り、東尋坊の彼方に浮かぶ無人島──雄島に行って参りましたのでご紹介致します。


 雄島は今から1200万年前に噴出した輝石安山岩の岩石島で、越前海岸で最大の小島です。標高27m、周囲2km。いにしえより“神の島”と崇められ、人々は豊漁や航海守護を祈願して参りました。


小野寺昭憲オフィシャルブログ - 破壊と創造の記録 --雄島


 陸と孤島をつなぐのは、青い海と空に映える224mの朱塗りの橋──雄島大橋です。美しいコントラストを見せる幻想的な風景ではありますが、一説によると東尋坊に身を投げた自殺者の死体は海流に乗って雄島に流れ着くと云われており、深夜にこの赤い橋を渡る者は海中から現れるおびただしい数の自縛霊の手によって海の底に引きずり込まれると云われています。また、島内には島を一周する回遊路が設けられていますが、反時計回りに周回すると霊界に迷い込んで戻って来られなくなると云われています。


 何かと霊にまつわる話の多い雄島ですが、そう云えば私は数年前に島内で死体を発見したことがあります。何故か深夜1時に友人と二人きりで雄島に散歩に行こうという運びになり、漆黒の闇を湛えた島内に足を踏み入れました。そこで発見したのは、1本の木に結びつけられたタオルにぶら下がった男性の遺体。・・・首吊り自殺です。我々二人は合掌一礼し、警察に届け出ました。東尋坊に身を投げずに敢えて雄島で首を吊った男性。あの日あの時間に雄島を訪れたのは、何者かが我々を呼んでいた──誰かに発見して欲しかったのかも知れません。・・・


小野寺昭憲オフィシャルブログ - 破壊と創造の記録 --大湊神社


 雄島大橋を渡って島内に入り、78段の石段を登り切れば、県指定重要文化財・大湊神社が御神木と共にひっそりと佇んでいます。勧請は大化の改新の後の白雉年間と云われていますので、今より1350年の昔からこの地に鎮座されている御祭神ということになります。


 文治年間には源義経が奥州下降の際に立ち寄り、家臣・亀井六郎重清の兜一領を神前に奉納したとされ、永禄年間には戦国大名・朝倉氏一門の祈願所となるなど隆盛を見ましたが、織田信長の朝倉攻めの折に社殿は焼き払われています。現在の社殿は、後に越前松平家二代藩主・松平忠直によって再興されたものです。


 雄島全土が境内であり国定公園ゆえに再開発の手を免れた島内は、太古よりの貴重な自然が手つかずで残されています。猿や狸や鳥が棲みつき、名も知らぬ様々な樹木や原生植物が鬱蒼と大地を覆い尽くしています。ここには都会の喧噪など存在しません。耳を澄ませば、聞こえてくるのは草木のさざめきと果てることのない潮騒。・・・ここにいると、己の本当の姿が見えてきます。神聖で荘厳な空気の中、言葉にならぬ静謐な思いが胸に込み上げます。──今日、雄島が“神の島”たる由縁が分かったような気がしました。